引用の判例は「大正十年大審院宣告」と上告趣意書に記載されてあるだけで、刑訴規則二五三条の「上告趣意書にその判例を具体的に示さな」い場合に当り、上告理由として不適法である。
刑訴法第四〇五条三号と具体的な判例摘示
刑訴法405条3号,刑訴規則253条
判旨
業務上横領罪における「不法領得の意思」は、自己または第三者の利得を図る目的で、権限なく保管物を処分する意思があれば認められ、処分が本人の利益を図るための流用でない限り肯定される。
問題の所在(論点)
他人の物を保管する者が、権限なく第三者に交付して費消させた場合、当該第三者の個人的な用途に充てる目的があれば、刑法253条の業務上横領罪における「不法領得の意思」が認められるか。
規範
横領罪の成立に必要な「不法領得の意思」とは、他人の物を預かっている者が、委託の趣旨に反して、権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいう。本人の利益のためにする意思(いわゆる流用の意思)で行われた場合は否定される余地があるが、第三者の利益を図る目的で権限なく処分した場合には、特段の事情がない限り不法領得の意思が認められる。
重要事実
水産業会支所の経理課長であった被告人は、業務上保管中であった同会の収入金30万円について、共犯者Bと共謀した。被告人は、Bが個人的な用途に充てるための資金として、本来交付する権限がないにもかかわらず、本件金員をBに交付し、Bはこれを自身の用途に費消した。これにより水産業会には30万円相当の損害が生じた。弁護側は、Bが水産業会に与えた被害を補填させる目的があったため、自己のために領得する意思はなかったと主張した。
あてはめ
被告人は水産業会の経理課長として金員を保管する立場にありながら、交付する権限がないにもかかわらず、共犯者Bの個人的な用途に充てる目的で金員を交付している。これは「自己または第三者の利得を図る目的」で、所有者でなければできない処分をなしたものといえる。弁護側は「被害補填のため」という主観的意図を強調するが、客観的事実として水産業会のために処分されたものではなく、Bという第三者の個人的利益のために費消されている以上、委託の趣旨に反する領得行為と評価される。したがって、本人のための流用とは認められず、不法領得の意思が肯定される。
結論
被告人には不法領得の意思が認められ、業務上横領罪が成立する。
実務上の射程
不法領得の意思の定義(「所有者でなければできない処分」および「利用処分意思」)を確認しつつ、本人のための『流用』か、第三者のための『着服』かを区別する際のメルクマールとして活用できる。本人の利益を目的としない第三者への専断的な交付は、横領に該当することを示す典型例である。
事件番号: 昭和26(れ)240 / 裁判年月日: 昭和26年6月29日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】横領罪における不法領得の意思とは、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思を指す。この意思は必ずしも自己の利益収得を意図することを必要とせず、自己の物として領得・処分する意思に限定されない。 第1 事案の概要:村長である被告人が、職務上保管し…