一 原判決はその事実摘示(第一審判決の記載引用)において、被告人Aが二回に亘つて占領軍兵士某から占領軍物資を収受して不法に所持した旨を判示しているが、二個の占領軍物資不法収受罪乃至同所持罪を認定したのではなく、包括して一個の同所持罪を認めたものであることがその判文上からおのづからわかる。論旨は原判決が二個の犯罪を認めたものと誤解し、誤解を前提として原判決を非難するものであるから、採用することができない。(なお二個の犯罪を認むべきであるという主張は被告人にとつて不利益な主張であるから適法な上告理由とならない) 二 原判決は(その引用する第一審判決第五の一において)、被告人Aが(イ)二回に亘りBより鮮魚等を統制額にて買受けるに際り杉下駄二百足を謝礼名義にて超過支払をした事実及び(ロ)三回に亘り右Bより鮮魚等を統制額にて買受けるに際り協力金又は謝礼金名義にて金二万円を超過支払をした事実を認定している、各一回の取引毎に各一個の犯罪があつたものとしたのではなく(イ)の二回の取引につき杉下駄二百を贈与したとき並に(ロ)の三回の取引につき現金二万円を交付したときそれぞれ各一罪が成立したものとした趣旨が窺われる。 三 所論のように進駐軍の一兵士が本件物資は占領軍の払下品であるという証明書を交付したからとて、それだけで昭和二二年政令第一六五号第一条第一項にいはゆる「公に認められた場合に」にあたるものでないことは論をまたずして明かである。仮りに被告人が所論のような事情によつて公に認められた場合に該当すると信じたとしても、それは結局違法の認識を欠いていたというに過ぎない。しかるに違法の認識を欠いたからとて、犯意の成立を妨げるものでもなく、罪責を左右するものでないことは、当裁判所の判例(昭和二三年(れ)第二〇二号同年七月一四日大法廷判決、昭和二四年(れ)第二二七六号二五年一一年二八日第三小法廷決定)に徴して明らかである。 四 進駐軍兵士が占領軍の払下品であるという証明を交付したから被告人は本件物件は払下品と思つて買受けたので無罪の判決を願うとの主張は前記のように結局違法の認識を欠いていたという主張に外ならないから、旧刑訴法第三六〇条第二項にいわゆる法律上犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張ではない。
一 二回に収受した占領物資を所持する罪の罪数 二 被告人に不利益な主張と上告の適否 三 数回の取引に対して一括して統制額超過の謝礼を為した行為と罪数 四 違法の認識と犯意の成立 五 違法の認識を欠いていたという主張と旧刑訴法第三六〇条第二項
旧刑訴法409条,旧刑訴法411条,旧刑訴法360条2項,刑法45条,刑法38条3項,物価統制令3条
判旨
犯罪の成立には、自己の行為が法に触れるものであるという「違法の認識」は必要ではなく、その欠如が犯意の成立を妨げたり罪責を左右したりすることはない。
問題の所在(論点)
法律の不知や解釈の誤りにより、自己の行為が適法であると誤信した場合(違法の認識の欠如)は、刑法上の故意を阻却するか、あるいは責任阻却事由となるか。
事件番号: 昭和24(れ)2276 / 裁判年月日: 昭和25年11月28日 / 結論: 棄却
自然犯たると行政犯たるとを問はず、犯意の成立には、違法の認識を必要としない。
規範
犯罪の成立要件である故意(犯意)は、客観的構成要件に該当する事実の認識があれば足りる。自己の行為が法律により禁止されていることの認識(違法の認識)を欠いていたとしても、それによって直ちに犯意の成立が妨げられるものではなく、また法律上の犯罪成立を阻却すべき事由(責任阻却事由)にも当たらない。
重要事実
被告人Aは、占領軍兵士から占領軍物資を収受・所持した行為について、昭和22年政令第165号1条1項違反に問われた。被告人は、当該兵士から物資が占領軍の払下品であるとの証明書の交付を受けていたため、同条項の例外規定である「公に認められた場合」に該当すると信じていた。このため、被告人は犯罪構成要件事実の認識を欠いており無罪である、あるいは法律上犯罪成立を阻却すべき原由がある旨を主張して上告した。
あてはめ
被告人が占領軍兵士の証明書を根拠に「公に認められた場合」に該当すると信じたとしても、それは客観的事実の誤認ではなく、自身の行為が法的に許容されるか否かという「違法の認識」を欠いていたに過ぎない。判例の趣旨に照らせば、このような違法の認識の欠如は犯意(故意)の成立に影響を与えるものではない。また、被告人の主張は旧刑事訴訟法360条2項の「犯罪の成立を阻却すべき原由」にも該当しないため、原判決がこれに判断を示さなかったとしても違法とはいえない。
結論
違法の認識を欠いたとしても、犯意の成立は妨げられず、罪責は免れない。したがって、被告人を判示の罪により処断した原判決は正当である。
実務上の射程
刑法38条3項(法律の不知)の解釈に関するリーディングケース。答案上は「違法の認識の要否」が論点となる際、原則として不要とする立場(制限故意説ではなく責任説ないし不要説)を支える判例として引用する。ただし、現在の多数説(責任説)では「正当な理由」がある場合に責任阻却を認める余地があるが、本判決はより厳格に「認識の欠如は罪責を左右しない」とする点に注意が必要である。
事件番号: 昭和23(れ)775 / 裁判年月日: 昭和24年4月9日 / 結論: 棄却
論旨は、政令の公布後短日月なること等より當時被告人は、當該行爲が法令上禁止せられているとの意識がなかつたと主張するのであるけれども法の不知は犯罪の違法性を阻却するものでないことは刑法の規定するところであつて、かりに被告人が具體的にいかなる法令によつてその行爲が禁止せられているかを知らなかつたとしても既に前段説明のごとく…
事件番号: 昭和26(れ)78 / 裁判年月日: 昭和26年4月24日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】故意の成立には、行為が法に触れるものであるという違法の認識は必要ではなく、罪となるべき事実の認識があれば足りる。 第1 事案の概要:被告人は、連合国占領軍将兵の財産であるオートバイを買い受け、所持した。被告人は、当該オートバイが「帰還する進駐軍兵隊の私物であり、売却を頼まれた正当な品」であるとの説…
事件番号: 昭和23(れ)1214 / 裁判年月日: 昭和24年4月16日 / 結論: 棄却
被告人は進駐軍の財産に屬する煙草を所持することの禁ぜられていることは知つてゐたが、その禁令によつて定められた刑罰の種類について錯誤があつたと主張するのであるが、かりに、右のごとき事實があつたとしても刑法第三八條第二項の規定は、犯罪の構成要件たる事實の認識について錯誤のあつた場合の規定であつて所論のごとき法定刑の種類につ…