掬り未遂犯において、事実摘示においては、被害者が所持していた現金一八万円および小切手一枚(額面二〇万円)在中の風呂敷包みを掬り取ろうとしたと判示しながら、引用の証拠によれば、当時被害者が右小切手を所持していなかつたことが明らかな場合でも、右理由のくいちがいは判決に影響を及ぼさない。
理由のくいちがいが判決に影響をおよぼさない一事例
刑訴法411条
判旨
掏り(すり)窃盗の未遂罪の成否において、実行の着手がある以上は、たとえ行為の対象となるべき目的物が現実には存在しなかった場合であっても、同罪の成立を妨げない。
問題の所在(論点)
窃盗罪の実行の着手後に、目的物が実際には存在しなかった(不能犯に近い状況であった)場合、窃盗未遂罪が成立するか。
規範
窃盗未遂罪における実行の着手とは、財物の占有を移転させるに密接な行為を開始することによって認められる。ひとたび実行の着手が認められる以上、その行為が目的を達しなかった理由が、対象となる目的物が現実に存在しなかったこと(客体の不在)に起因するものであっても、同罪の構成要件を充足し、未遂罪が成立する。
重要事実
被告人は、被害者Aが所持していた風呂敷包の中から、現金18万円および額面20万円の小切手1枚を掏り取ろうとした。しかし、証拠によれば、当時その小切手は同行していた事務員Bが所持しており、Aが所持していた風呂敷包の中には入っていなかった。第一審判決は、この小切手についても被告人が掏り取ろうとしたものと認定したが、実際には客体が不在であった。
あてはめ
本件において被告人は、被害者Aの風呂敷包から財物を掏り取るべく、窃盗罪の実行に着手した。第一審判決が認定した「額面20万円の小切手」については、実際には被害者本人の風呂敷包内には存在しなかったという事実誤認がある。しかし、掏り窃盗において実行の着手がある以上は、たとえ現実には目的物が存しない場合においても、未遂罪の成立に影響を及ぼすものではない。したがって、目的物が一部存在しなかったとしても、窃盗未遂罪の構成要件を欠くことにはならず、第一審の認定の誤りは判決の結果に影響しない。
結論
被告人に窃盗未遂罪が成立するとした原判決の判断は相当であり、客体の不在を理由に未遂罪の成立を否定することはできない。
実務上の射程
本判決は、不能犯と未遂罪の区別において、具体的危険説の立場を背景にしつつ、「客体の不在」が直ちに未遂罪の成立を否定するものではないことを示したものである。答案上は、実行の着手が認められる行為が行われた後に、結果が発生しなかった理由(本件では目的物の欠如)を検討する際の根拠として活用できる。
事件番号: 昭和28(あ)5267 / 裁判年月日: 昭和29年5月6日 / 結論: 棄却
ズボンの尻ポケツトから現金をすり取ろうとして手を差しのべその外側に触れた以上窃盗の実行に着手したものである。