判旨
被告人が公判で証拠物と品物に相違ない旨を供述し、かつ弁護人が鑑定の必要がない旨を明示している場合には、裁判所が鑑定を行わなかったとしても審理不尽の違法はない。
問題の所在(論点)
被告人が公判で証拠の同一性を認め、弁護人が鑑定不要と述べている場合に、裁判所が鑑定を実施しなかったことが審理不尽の違法(刑事訴訟上の証拠調べ義務違反)に当たるか。
規範
裁判所が特定の事項について鑑定を行うべきか否かは、事案の諸状況に照らして証拠調べの必要性があるか否かによって決せられる。被告人自身が対象物の同一性を認め、かつ弁護人が鑑定を不要とする意思表示を明確に行っている場合には、特段の事情がない限り、鑑定を行わないことが審理不尽(刑事訴訟法405条等)に当たることはない。
重要事実
被告人は第一審公判において、警察の鑑識課による成分検査の結果に相違がなく、対象の薬(ホスピタン)も被害者方のものであるから品物に間違いない旨を自ら供述していた。さらに、裁判官が弁護人に対し、当該薬物の鑑定を求めるか確認したところ、弁護人は「別段鑑定の必要を認めない」と回答した。それにもかかわらず、上告審において鑑定を行わなかったことが審理不尽であると主張された事案である。
あてはめ
本件では、被告人自身が鑑識の結果や品物の出所を前提に「間違いがない」と自白に近い供述をしており、客観的な証拠価値について争う姿勢を見せていなかった。また、専門的知識を有する弁護人が、裁判官からの具体的な問いかけに対して明示的に鑑定を放棄している。このような状況下では、裁判所にとって対象物の成分等を改めて鑑定により確認すべき職権調査の必要性は消滅しているといえる。したがって、第一審および第二審が鑑定を実施しなかった判断は正当である。
結論
鑑定を実施しなかったことに審理不尽の違法はなく、上告は棄却される。
実務上の射程
実務上、証拠調べの必要性は当事者の意見が重視される。被告人・弁護人が同意・承認し、鑑定不要の意思を示した事項について、後から審理不尽を理由に争うことは極めて困難であることを示す。証拠の同一性が争点とならない場合の裁判所の合理的な訴訟運営の限界を画した判例といえる。
事件番号: 昭和30(あ)2059 / 裁判年月日: 昭和32年12月10日 / 結論: 棄却
麻薬取締法違反の物件が、同法所定の麻薬の成分を含有することにつき訴訟当事者間に争がなく、他に信用性を有する証拠によつて該事実が認められる以上、専門家の鑑定に依拠しないいで右の事実を認定しても、不当であるとはいえない
事件番号: 昭和28(あ)2814 / 裁判年月日: 昭和30年5月10日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】判決における事実認定と証拠の対応関係について、判示の順序に従い挙示された証拠を逐次検閲することで、いずれの証拠によりいずれの事実が認定されたかを明らかにできる場合には、刑事訴訟法上の理由不備の違法はない。 第1 事案の概要:第一審判決に対し、被告人側が事実と証拠との関連性が不明確であるとして、刑事…