本件第一審判決は、弁護人の正当防衛の主張を排斥して「Aが拳銃を携えていたことは認め得るが、同人が拳銃を被告人の心臓部に突き付けたということは之を認め難く、従つて未だ急迫不正の侵害行為があつたとは謂い得ない」と判示し、原判決もこの認定を是認したのである。「被害者が拳銃を所持していたことを認め」たからとて、それは必ずしも所論のように「その時被害者は被告人に向つて拳銃を差向けて居た事実を認めたに因るものと解しなければならない」という理由はない。このように原判決が急迫不正の侵害の事実を認めない以上、正当防衛の主張を排斥したのは当然である。
「拳銃を携えていた」との判示を弁護人が「拳銃を差向け」と解し正当防衛を主張しても急迫不正の侵害行為があつたとはいえない
刑法36条,刑訴法335条2項
判旨
正当防衛が成立するためには、急迫不正の侵害の事実が認められる必要があり、単に被害者が拳銃を携行していたという事実のみでは、直ちに侵害の急迫性を肯定することはできない。
問題の所在(論点)
被害者が拳銃を所持・携行しているという事実のみをもって、刑法36条1項にいう「急迫不正の侵害」があったといえるか。
規範
刑法36条1項の正当防衛が認められるためには、「急迫不正の侵害」が存在することが必要である。侵害の急迫性とは、法益に対する侵害が直前に迫っているか、または現に進行している状態を指し、武器の携帯といった侵害の準備的状況のみでは足りず、具体的な攻撃の意思と動作が伴うことを要する。
重要事実
被告人は、被害者Aが拳銃を携えていたことを理由に正当防衛を主張した。しかし、第一審および原審の認定によれば、Aが拳銃を携行していた事実は認められるものの、その拳銃を被告人の心臓部に突き付けたといった具体的な攻撃的態様は認められなかった。
事件番号: 昭和24(れ)1719 / 裁判年月日: 昭和24年11月8日 / 結論: 棄却
原判決は、被告人の判示第一の犯行につき、その犯意の證明として「若し日本刀や匕首で相手を斬り付けるときは、斬り所によつては當然相手を死に到らしめることを豫想しながら」本件犯行に出たことを記載している。自己の行爲が他人を死亡させるかも知れないと意識しながら敢えてその行爲に出た場合が殺人罪のいわゆる未必の故意ある場合に當るこ…
あてはめ
被害者Aが拳銃を携行していたとしても、それを被告人に向けて突き付けるなどの具体的な攻撃動作に及んでいない以上、法益に対する侵害が直前に迫っているとはいえない。したがって、拳銃の所持という客観的事実があったとしても、直ちに急迫不正の侵害があったと解することはできない。
結論
急迫不正の侵害の事実を認めず、正当防衛の成立を排斥した原判決の判断は妥当である。
実務上の射程
本判決は、侵害の急迫性について客観的な侵害の蓋然性を厳格に求めたものといえる。答案上は、凶器を所持しているのみで攻撃を開始していない段階では侵害の急迫性を否定し、具体的攻撃動作(突き付ける、振り上げる等)の有無をメルクマールとして論じる際に参照すべき判例である。
事件番号: 昭和23(れ)1469 / 裁判年月日: 昭和24年7月13日 / 結論: 棄却
一 銃砲等所持禁止令附則大二項所定の所持許可の申請期間は同令第一條第一項第一乃至四號に該當する銃砲等について定められたものであつて、かかる銃砲等についても、右の許可申請をしないときは、右期間内の所持も不法であるとなすこと當裁判所の判例に示されている通りである(昭和二二年(れ)第一八一號、昭和二三年四月一七日第二小法廷判…
事件番号: 昭和28(あ)5025 / 裁判年月日: 昭和30年10月25日 / 結論: 棄却
被告人が被害者と対面するにおいては攻撃を受ける蓋然性が覆い状況の下に、被害者に対面して謝罪させ相手が攻撃して来たらこれに立ち向うため日本刀一振を拔身のまま携え、被害者の様子を窺ううち、被害者が被告人を認め矢庭に出刃庖丁をもつて突きかかつて来た場合、被害者が不正な侵害は急迫なものといえず、被告人の被害者に加えた傷害行為は…
事件番号: 昭和23(れ)756 / 裁判年月日: 昭和23年11月13日 / 結論: 棄却
原審に於ては被告人からも、辯護人からも、被告人の行爲が正當防衞に出たものであるということは主張されていないのであるから原審がこの點についての判斷を示さなかつたのは當然である。