七歳の児童が、自転車に乗つて幅員約三メートルの道路を通行中、飼主の手を離れて道路前方にいる体長約四〇センチメートル、体高約二〇センチメートルの愛玩用犬と約八・五メートルの距離に接近したところ、犬が約二メートル程歩いて自転車に近付いたため、日頃から犬嫌いの右児童が一瞬ひるんで操縦を誤つて転倒し、道路沿いの川に自転車とともに転落し左眼を失明するに至つたなど原判示の事実関係のもとにおいては、飼主は民法七一八条の損害賠償責任を負う。 (反対意見がある)
犬が近付いてきたため自転車の操縦を誤り転倒受傷した七歳の児童に対し犬の飼主が民法七一八条の責任を負うとされた事例
民法718条
判旨
民法718条1項の動物占有者責任において、小型犬が吠えずに近付いたのみであっても、被害者が7歳の児童であり、犬の接近により事故が発生することが予測可能であれば、当該動作と損害との間に因果関係が認められる。
問題の所在(論点)
直接の接触や威嚇行為がない小型犬の単純な接近動作と、驚いた児童の操縦ミスによる転落損害との間に、民法718条1項にいう因果関係が認められるか。また、小型犬を放したことが同条1項但書の注意義務違反にあたるか。
規範
民法718条1項の責任が認められるためには、動物の動作と損害との間に相当因果関係が必要である。この因果関係の有無は、当該動物の種類、動作の態様のみならず、被害者の属性(年齢、特性等)や周囲の状況に照らし、当該動作によって損害が発生することが客観的に予測可能か否かによって判断すべきである。また、同項但書の「相当の注意」とは、通常払うべき程度の注意を指し、犬が飼い主の手を離れれば児童が驚いて事故を起こす予見可能性がある以上、繋留を解く行為は注意義務違反を構成する。
重要事実
上告人の飼い犬(体長40cmの小型犬)が、運動のため繋留を解かれた際、道路上で自転車に乗った被上告人(7歳の児童)に吠えずに約2メートル近付いた。日頃から犬嫌いであった被上告人は、近付いてくる犬に驚き、かつ買い替えたばかりで身体に比して大きめの自転車の操縦を誤り、道路脇の川に転落して失明する重傷を負った。
あてはめ
本件では、(1)飼い主の手を離れた犬が被上告人に接近したこと、(2)犬嫌いの被上告人が一瞬怯んだこと、(3)不慣れな自転車を操縦していたこと、の3点が相まって事故が発生している。7歳の児童にとって、どのような種類の犬であっても恐怖を感じる可能性があり、犬が自由に動ける状態にあれば、驚いた児童が転倒等の事故を起こすことは予測困難ではない。したがって、直接の加害行為がなくとも、本件犬の動作と転落受傷との間には法的因果関係が認められる。また、このような事故の発生が予測可能である以上、繋留を外して犬を自己の支配下から離した上告人には、相当の注意を欠いたものとして同条1項但書の免責は認められない。
結論
本件犬の動作と被上告人の損害との間には相当因果関係が認められ、上告人は民法718条1項に基づく損害賠償責任を負う。
実務上の射程
本判決は、不法行為法における因果関係の判断において、被害者が児童であるという属性を重視し、物理的接触がない事案でも動物の占有者責任を広く認めた点に特色がある。答案作成上は、動物の性質(小型・無害等)だけでなく、被害者の予見可能性を具体的事実(年齢・心理状態等)から検討する際の指標となる。
事件番号: 昭和37(オ)1287 / 裁判年月日: 昭和38年6月27日 / 結論: 棄却
咬癖のある飼犬を戸外に連れ出すに当つては、危害防止のため鎖でつないでその一端を堅持し、常に注意をそらさず、いつでもこれに十分な支配制御を加える万全の姿勢をとつていなければならない。