犬を連れた歩行者をその後方から自転車に乗って追い抜いた際、犬が驚いて不規則な動作をしたため歩行者が平衡を失って路上に転倒した場合、右歩行者が人車の通行する公道上を、降雨の中、右手に洋傘をさし左手に二本の引き綱に繋いだ犬二匹を連れて不安定な体勢で歩行していたなど判示の事実関係の下においては、右自転車の運転者に不法行為法上責められるべき注意義務違反はない。
犬を連れた歩行者の転倒について同人を自転車に乗って追い抜いた者に不法行為法上責められるべき注意義務違反がないとされた事例
民法709条
判旨
非接触事故において、自転車が歩行者を追い抜く際、連れていた犬の不規則な動作により歩行者が転倒したとしても、特段の事情がない限り、犬の反応による転倒を予見することは困難であり、不法行為上の注意義務違反は認められない。
問題の所在(論点)
直接の接触がない非接触事故において、自転車の走行により犬を驚かせ歩行者を転倒させた場合、自転車運転者に民法709条の過失(予見可能性)が認められるか。
規範
不法行為法(民法709条)上の注意義務違反を認めるためには、結果発生の予見可能性が必要である。犬の性癖等は様々であり、自転車で接近した際の犬の反応動静を予測することは一般的に困難である。したがって、特段の事情がない限り、犬が驚いて不規則な動作をすることによって歩行者が転倒するという事態を予見することは困難であり、注意義務違反は否定される。
重要事実
自転車を運転する上告人(16歳)は、降雨中、傾斜面を下降して公道に出る際、前方を歩行する被上告人(49歳)を認めた。被上告人は右手に傘、左手に犬2匹の引き綱を持って歩行していた。上告人は、被上告人と接触しないようその右側を追い抜いたが、下り勾配で減速せず至近距離を通り過ぎたため、犬が驚いて不規則な動作をし、被上告人は平衡を失い転倒して受傷した。なお、自転車と被上告人との直接の接触はなかった。
あてはめ
本件において、上告人の自転車は被上告人と接触しておらず、適切な回避行動をとって追い抜いている。転倒の直接の原因は、降雨中に傘と犬2匹を連れた不安定な体勢で歩行していた被上告人が、犬の不規則な動作に反応した点にある。犬の反応動静は予測困難であり、上告人において、至近距離を減速せず通過することで犬が驚き、その結果として被上告人が転倒することまでを予見すべき特段の事情は認められない。したがって、上告人に責められるべき注意義務違反(過失)はないと解される。
結論
上告人には不法行為法上の注意義務違反は認められず、損害賠償責任を負わない。原判決を破棄し、被上告人の請求を棄却する。
実務上の射程
非接触事故における過失(予見可能性)の限界を示した判例である。特に動物の反応という不確定要素が介在する場合、相当な回避措置(本件では接触を避けること)を講じている限り、動物の異状反応による事故までを当然に予見すべき義務はないとする。答案上は、不法行為の過失の要件検討において、具体的な予見可能性の有無を論じる際の有力な材料となる。
事件番号: 昭和33(オ)729 / 裁判年月日: 昭和35年9月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不法行為に基づく損害賠償責任の成否において、運転者が事故を回避すべき注意義務を負うか否かは、被害者側の不適切な行動や事故の具体的状況に基づき判断される。本件では、事故が専ら被害者の不注意によって発生し、運転者に回避義務が認められない場合には、不法行為責任は成立しない。 第1 事案の概要:運転手Dが…