土地賃貸人が、二ケ月分合計三〇〇〇円の賃料の延滞を理由として、無催告解除の特約に基づき、賃借人に対し、右二ヶ月目の賃料の履行期を徒過した翌日に、賃貸借契約解除の意思表示を発信した場合において、賃借人が賃借以来これまで一一年余の間賃料の支払を怠つたことがなく、右賃料延滞は、賃貸人の娘婿が賃借土地に隣接する賃貸人所有の土地上に建物の建築工事を始め、賃借土地から公道へ至る通行に支障を来たさせて賃借人の生活を妨害したことに端を発した当事者間の紛争に基因するものであり、賃貸人が、右妨害を止める配慮をせず、かえつて右紛争に関する和解のための第三者のあつせんが行なわれている間にこれを無視して右解除の意思表示をしたものである等の事情があるときは、右解除は、信義に反し、その効果を生じないものと解すべきである。
賃料延滞を理由とする無催告解除が信義に反し許されないとされた事例
民法1条2項,民法541条
判旨
無催告解除の特約がある場合であっても、賃貸人が賃借人による生活上の妨害を放置し、かつ和解交渉中に極めて短期間の賃料延滞を理由として即座に解除権を行使することは、信義則に反し許されない。
問題の所在(論点)
無催告解除特約に基づく解除権の行使が、信義則に反し許されないとされる判断基準および具体的事例における該当性。
規範
賃料支払の遅滞があれば催告を要せず賃貸借契約を解除できる旨の特約(無催告解除特約)がある場合であっても、当該解除権の行使が信義則(民法1条2項)に反すると認められる特段の事情がある場合には、催告を欠く解除の効果は否定される。
重要事実
賃借人(被上告人)は、隣接地の建築工事により公道への通行を妨害され、賃貸人(上告人)に対し配慮を求めたが放置された。賃借人は昭和28年から約11年間、賃料を延滞したことはなかったが、右紛争中の昭和40年1月・2月分の賃料(計3000円)の支払を延滞した。賃貸人は、2月分の支払期が経過した翌日に、和解のあっせんを無視して、無催告解除特約に基づき直ちに契約解除の意思表示を行った。
事件番号: 昭和29(オ)642 / 裁判年月日: 昭和31年6月26日 / 結論: 棄却
賃貸借の継続中、当事者の一方に、その義務に違反し信頼関係を裏切つて 賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為のあつた場合には、相手方は民法第五四一条所定の催告を要せず賃貸借を将来に向つて解除することができるものと解すべきである。
あてはめ
賃貸人は、親族が行う建築工事により賃借人の生活に支障が生じていることを認識しながら、賃貸人としての配慮を欠いていた。また、和解交渉が進行中であるにもかかわらず、わずか2か月分の賃料延滞(3000円)が発生した直後に、催告もせず一方的に解除に及んでいる。賃借人が長年誠実に賃料を支払ってきた実績を考慮すれば、本件解除はあまりに過酷であり、信義則上の配慮を著しく欠く態様での権利行使といえる。
結論
本件解除は信義則に反し許されないため、無催告での契約解除の効果は認められない。
実務上の射程
信頼関係破壊の法理を補完する機能を持つ。本判決は無催告解除特約の有効性を前提としつつも、その行使が信義則に反するか否かの判断において、賃貸人の背信性や賃借人の過去の履行実績、延滞期間の短さを重視しており、同様の事案における抗弁として有用である。
事件番号: 昭和39(オ)1180 / 裁判年月日: 昭和40年7月2日 / 結論: 棄却
土地賃借人が賃料の支払を延滞したときは土地賃貸人は催告を要せず土地賃貸借契約を解除できる旨の特約は、借地法第一一条の特約にはあたらない。
事件番号: 昭和41(オ)419 / 裁判年月日: 昭和41年11月1日 / 結論: 棄却
判示事情(判決理由参照)のあるときは賃料不払を理由とする賃貸借契約の判示解除は信義則に反し許されない。
事件番号: 昭和39(オ)1450 / 裁判年月日: 昭和41年4月21日 / 結論: 棄却
一 建物所有を目的とする土地の賃貸借中に、賃借人が賃貸人の承諾をえないで借地内の建物の増改築をするときは、賃貸人は催告を要しないで賃貸借を解除することができる旨の特約があるにかかわらず、賃借人が賃貸人の承諾を得ないで増改築をした場合において、増改築が借地人の土地の通常の利用上相当であり、土地賃貸人に著しい影響を及ぼさな…
事件番号: 昭和42(オ)1396 / 裁判年月日: 昭和44年11月27日 / 結論: 棄却
建物所有を目的とする土地賃借人が、一三年間にわたり賃料合計一四万七三九六円のうち一一万七三九六円を延滞していたとしても、賃貸人が解除の意思表示をした当時、その延滞賃料の支払を求める訴訟が調停に付され、その調停が進行中であり、判示のような経緯で遅滞の状態の解消への過程にあつて、そのための努力が払われていた以上、賃貸借契約…