市長が無期限で振り出した約束手形の受取人が、該手形につき単に市長に確かめただけで、市の予算の執行としてまたは市議会の議決を経たうえで右手形が振り出されたものか否か等につき調査をしなかつた場合には、右受取人には過失があるというべきであるから、民法第一一〇条所定の権限があると信ずべき正当の理由があるとはいえない。
市長に手形振出の権限があると信ずべき正当の理由があるといえないとされた事例
民法110条,地方自治法(昭和38年法律99号による改正前)96条,地方自治法(昭和38年法律99号による改正前)239条の2
判旨
地方自治体の長が自己の利益のためにした適法な手続を欠く手形振出行為について、民法110条を類推適用するためには、相手方が権限があると信ずべき「正当の理由」が必要である。長本人の説明のみに依拠し、容易に確認可能な予算執行や議決の有無を他の機関に調査しなかった場合には、当該「正当の理由」は認められない。
問題の所在(論点)
地方自治体の長が、市議会の議決を要する等の法令の制限に違反して行った手形振出行為について、相手方が民法110条の類推適用により市の責任を追及するために必要な「正当の理由」が認められるか。
規範
公法人の代表者が、その権限を濫用し、または法令の制限に違反して私利を図る目的で行った行為であっても、相手方がその権限があると信ずべき「正当の理由」(民法110条類推適用)がある場合には、その行為の効果は公法人に帰属する。この「正当の理由」の有無は、当該行為が法令により制限されている内容に照らし、相手方が払うべき注意義務(調査義務)を尽くしたか否かによって判断される。
重要事実
山口市長であったDは、自己個人の金融を得る目的で、市議会の議決を経る等の地方自治法上の制限に違反し、市長印を押捺して本件約束手形を振り出し、上告人に交付した。上告人は取得に際し、市長公舎でDと面会し、振出の事実や決済の確約を得たものの、手形振出が予算の執行としてなされたか、あるいは市議会の議決を経たか等について、市吏員や市議会に対して調査をすることはなかった。
事件番号: 昭和38(オ)237 / 裁判年月日: 昭和40年3月19日 / 結論: 棄却
公正証書には担保物件として土地および建物を供した旨の記載があるのに、その作成を嘱託した委任状には単に建物を供した旨の記載があるにすぎない場合にも、真実該公正証書記載どおりに作成すべき権限を有していたのに土地の記載を脱落したものであることが明らかなときは、右瑕疵は該公正証書の無効をきたす重大なものとは解されない。
あてはめ
本件における市長の手形振出には地方自治法上の制限が存在した。上告人は市長本人から確認書や念書を得てはいるが、それ以上の調査をしていない。地方自治法上の手続的適法性は、市長本人以外の山口市吏員や市議会等に確かめることにより「容易に行いえた」といえる。したがって、市長本人の言葉のみを信じ、客観的な手続履践の有無を確認しなかった上告人の対応には過失があり、権限があると信ずべき正当の理由があるとは解されない。
結論
上告人に正当の理由を認めることはできず、民法110条を類推適用して山口市に手形債務を負わせることはできない。
実務上の射程
行政主体の長の行為に対する110条類推適用の可否。相手方の調査義務を、代表者本人への確認にとどまらず、客観的な内部手続(議決等)の有無を別機関へ照会することまで要求する厳しい規範を示した点に実務上の意義がある。
事件番号: 昭和41(オ)135 / 裁判年月日: 昭和43年2月27日 / 結論: 棄却
請負代金債権に対する仮差押の効力発生後に、請負契約を当事者間の合意で解除しても、請負代金債権の消滅をもつて仮差押債権者に対抗することはできない。
事件番号: 昭和39(オ)1176 / 裁判年月日: 昭和40年7月8日 / 結論: 破棄差戻
私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によつて顕出されたものであるときは、反証のないかぎり、該印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定するのを相当とするから、民訴法第三二六条により、該文書が真正に成立したものと推定すべきである。
事件番号: 昭和42(オ)902 / 裁判年月日: 昭和43年2月6日 / 結論: 棄却
相互銀行支店長が約束手形を振り出した場合において、受取人が右支店長に該手形の振出およびその原因関係とされる契約の締結についての代理権が存在しないことを知つていたときは、受取人が右相互銀行に対し民法第七一五条に基づく損害賠償責任を問うことはできない。