手形の署名自体は、事実行為であつて意思表示ではないから、これにつき代理はありえない。
他人名義の手形署名を行なう場合の法律関係。
手形法8条,民法99条
判旨
債務支払の猶予を得るための「見せ手形」として、振出人が押印のみを行い他を白地とした手形用紙を他人に交付した場合、特段の事情がない限り、交付を受けた者に対し、振出人の名称記入権限及び他の手形要件の白地補充権を付与したものと推認される。
問題の所在(論点)
振出人が記名を欠く白地手形を「見せ手形」目的で交付した場合において、交付を受けた者に対する名称記入権限及び白地補充権の授与を認めることができるか。
規範
振出人が署名(記名押印)を欠くなど手形要件が具備されていない手形用紙を他人に交付した際、当該手形を振出人の手形として外部に示す目的があった場合には、特段の事情がない限り、交付を受けた者に対し、振出人の氏名の記入行為をする権限及びその他の未記載の手形要件に関する白地補充権を黙示的に付与したものと解するのが相当である。
重要事実
上告人の代表者Dは、資金繰りに行き詰まったE社の代表者Fから、上告人振出の手形を債権者に示して支払猶予を得るための「見せ手形」の交付を依頼された。Dは、上告人が一切の手形上の責任を負わないとの約束のもと、手形用紙の振出人欄及び収入印紙に自己の印を自ら押印し、金額、満期、受取人等の主要な欄をすべて白地のままFに交付した。その後、Fらは白地部分を補充し、被上告人が本件手形を取得した。上告人は、手形要件の補充について合意がなかったとして責任を争った。
あてはめ
本件において、DがFに対し手形を交付した目的は、Fが債権者に対し「上告人の振出手形」として示すことであった。このような「見せ手形」としての効用を果たすためには、振出人の署名(記名)が完備し、金額等の主要事項が記入されている必要がある。したがって、Dが自ら押印した上で交付した事実に照らせば、特段の事情がない限り、DにおいてFに対し、自己の名称を記入する権限及び白地部分を補充する権限を付与したものと推認するのが合理的である。なお、収入印紙の額(50円)に基づき、補充できる金額に一定の制限(50万円)が付されていたと解されるものの、補充権自体の存在は肯定される。
結論
上告人代表者DはFに対し名称記入権限及び白地補充権を付与したものと認められ、これらが行使されて手形が完成した以上、上告人は手形上の責任を負う。
実務上の射程
白地手形の補充権授与が問題となる事案において、交付の目的(見せ手形等)から補充権を推認する手法を示す。特に、記名(氏名記入)自体は事実行為であり代理の対象ではないとした上で、その「記入権限」の授与を認める論理は、署名のない手形の有効性を判断する際のスタンダードな枠組みとして活用できる。
事件番号: 昭和39(オ)333 / 裁判年月日: 昭和40年4月1日 / 結論: 破棄差戻
約束手形の最後の被裏書人と所持人との間に裏書の連続が欠く場合において、最後の被裏書人、その裏書人および手形所持人との間で、手形を右被裏書人から裏書人に受け戻したうえこれを同人から所持人に譲渡し右所持人の委任に基づいて裏書人が右手形金を取り立てる旨の合意が成立したなど判示の事実関係のもとでは、右手形の所持について、手形上…