印鑑証明書下付申請についての代理権は、越権代理の要件たる基本代理権となりえない(昭和三九年四月二日第一小法廷判決民集一八巻四号四九七頁参照)。
印鑑証明書下付申請の代理権は越権代理の基本代理権となるか
民法110条
判旨
印鑑証明書の下付申請を他人に依頼した事実のみでは、民法110条の表見代理の要件たる基本代理権が当該他人に授与されたものとはいえない。
問題の所在(論点)
印鑑証明書の下付申請を依頼した事実が、民法110条の表見代理における「基本代理権」の授与に該当するか。
規範
民法110条の表見代理が成立するためには、本人が相手方に対して直接または間接に一定の範囲の代理権を付与したという基本代理権の存在が必要である。特定の公的な申請手続や事務の代行を依頼したにすぎない場合、その性質が私法上の法律行為に関する代理権を含まない限り、同条の「代理権」には該当しない。
重要事実
上告人(銀行)は、訴外Dに対する貸付債務について、被上告人が保証人となったと主張して保証債務の履行を求めた。被上告人はDに対し、印鑑証明書の下付申請について依頼していたが、Dはその際に得た資料等を利用して、被上告人の代理人と称して保証契約を締結した。上告人は、被上告人がDに印鑑証明書の申請を依頼したことが基本代理権の授与にあたり、110条の表見代理が成立すると主張して上告した。
あてはめ
民法110条は、私法上の取引の安全を図る趣旨の規定であるから、基本代理権は原則として私法上の法律行為に関する代理権であることを要する。本件において、被上告人がDに依頼したのは「印鑑証明書の下付申請」という行政上の事務手続にすぎない。このような公法上の申請行為の依頼は、それ自体が私法上の法律行為を目的とするものではなく、特段の事情がない限り、第三者との間で私法上の法律行為を行う権限(基本代理権)を付与したものとは評価できない。したがって、Dには表見代理の基礎となるべき権限が欠けている。
結論
印鑑証明書下付申請の依頼のみでは基本代理権があるとはいえず、民法110条の表見代理は成立しない。
実務上の射程
勧誘や書類の受け渡し等の事実行為や、単なる公法上の手続代行(勧告や届出等)のみでは基本代理権を否定する裁判例の流れ(最判昭39・4・2等)を汲むものである。実務上、110条を主張する際は、その授与された権限が「私法上の法律行為」に関するものであるか、あるいは少なくとも密接に関連するものであるかを厳格に検討すべきである。
事件番号: 昭和37(オ)412 / 裁判年月日: 昭和39年6月25日 / 結論: 棄却
一 手形の振出について民法第一一〇条を適用する場合において、受取人が振出代理人の機関として振出人の氏名を記載したとしても、当該手形の受取人を同条にいう「第三者」と解するにさまたげない。 二 約束手形の所持人が該手形の満期にこれを支払場所で所持していた場合には、振出人が出頭しないときでも、適法な提示があったものとみるべき…