甲が乙に約束手形を騙取され、善意の取得者である丙に対し手形債務を負担するに至つた以上、まだこれを弁済しない場合であつても、既に右債務額相当の損害を生じたものとして、乙に対しその賠償を請求できる。
手形を騙取された者の損害
民法709条
判旨
不法行為により約束手形を騙取され、善意の第三者に対して手形債務を負担した場合には、未だその債務を弁済していなくても、債務額相当の損害が発生したものとして賠償請求ができる。
問題の所在(論点)
不法行為により手形を騙取され、第三者に対して有効な手形債務を負担した場合、現実に弁済を完了していなくても「損害」の発生を認めることができるか。債務負担のみをもって損害賠償請求が可能かが問題となる。
規範
不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条、719条)において、損害の発生とは必ずしも現実の金銭支出を要しない。被害者が加害者の不法行為を原因として第三者に対し適法かつ有効な債務を負担するに至ったときは、その債務自体が財産状態の悪化を意味するため、弁済前であっても当該債務額相当の損害が発生したものと解する。
重要事実
上告人A1およびA2は、共同して被上告人を欺き、約束手形を騙取した。この手形はその後、事情を知らない善意の第三者Dに譲渡された。被上告人はDに対し、手形法上の責任として手形債務を負担することとなった。しかし、被上告人はDに対してまだ現実に手形金額の支払(弁済)を完了していなかった。そのため、上告人らは「現実に支払をしていない以上、損害はまだ発生していない」と主張して、不法行為に基づく損害賠償請求を争った。
あてはめ
被上告人は、上告人らの共同不法行為という詐取行為の結果として、善意の取得者である第三者Dに対して手形債務を負担している。この手形債務は、手形法の善意取得等の規定により、被上告人が拒絶できない有効な義務である。したがって、未だ弁済していない段階であっても、被上告人の財産状態は当該債務分だけマイナスとなっており、債務額相当の損害が既に確定的に発生しているといえる。また、このような状況で賠償請求を認めることは権利の濫用や公平の原則に反するものとは認められない。
結論
被上告人は、手形債務を未だ弁済していない場合であっても、右債務額相当の損害が生じたものとして、上告人らに対しその賠償を請求できる。本件上告は棄却されるべきである。
実務上の射程
本判例は「債務の負担」が損害に当たることを明示した重要判例である。司法試験においては、不法行為だけでなく、債務不履行や事務管理等の場面で「現実に金銭を支払っていないが、第三者に義務を負った」場合に、金銭的賠償を請求できる根拠として引用できる。また、手形法の善意取得と不法行為の交錯場面での処理としても有用である。
事件番号: 昭和32(オ)171 / 裁判年月日: 昭和34年6月11日 / 結論: 破棄差戻
手形権利者が手形を騙取されてその所持を失つても、それだけではまだ手形額面金額相当の損害を被つたものとはいえない。