賃貸家屋の僅かな一部が破損したが、その余の部分に著しい支障もなく居住の目的を達することができ、また、賃料が地代家賃統制例の統制に服している等原判決判示の事情のもとにおいては、賃借人は賃貸人の賃貸家屋修繕義務の不履行を理由に賃料全部の支払を拒むことはできない。
賃借家屋修繕義務の不履行を理由に賃料支払を拒絶できないとされた事例
民法606条1項,民法533条
判旨
賃貸人の修繕義務不履行がある場合でも、賃借人が使用収益に支障のない範囲を超えて賃料全額の支払を拒絶することは、特段の事情がない限り、同時履行の抗弁権(民法533条)の濫用として許されない。
問題の所在(論点)
賃貸人が修繕義務を履行しないことを理由に、賃借人が民法533条に基づき賃料「全額」の支払を拒絶できるか、あるいは支障の程度に応じた範囲に限定されるかが問題となる。
規範
賃貸借契約において、賃貸人の修繕義務と賃借人の賃料支払義務は対価関係に立つ。しかし、賃貸目的物の一部に破損があり修繕が必要であっても、その残余の部分のみで契約の目的を達することができ、かつ現に著しい支障なく使用収益を継続している場合には、信義則上、賃料全額の支払を拒むことはできず、使用不能な部分の割合に応じた限度でのみ支払を拒絶し得る。
重要事実
賃借人(上告人)は、本件家屋の応接間の天井壁が広範囲に落下し、使用収益できない状態にあることを理由に、賃料全額の支払を拒絶した。しかし、当該応接間は家屋全体から見れば僅かな一部分であり、賃借人はそれ以外の部分において居住という契約の目的を達することが可能であった。事実、賃借人は応接間を除いた部分で著しい支障なく居住を継続していた。
あてはめ
本件では、応接間の損壊はあるものの、家屋の大部分は使用可能な状態にあり、居住目的も達せられている。このような状況下で、僅かな一部の使用不能を理由に賃料全額の支払を拒むことは、履行の引換えとしての対価性の均衡を欠く。したがって、賃借人は使用不能部分に見合う額を超えて支払を拒むことはできず、全額の支払拒絶を維持したまま滞納を続けることは債務不履行を構成する。
結論
賃借人は賃料全額の支払を拒むことはできず、賃貸人による賃料不払を理由とした契約解除は有効である。
実務上の射程
賃貸人の義務不履行に対する賃料支払拒絶の可否を判断する際の「比例原則」を示す射程を持つ。目的物の一部使用不能時には、その支障の程度(目的達成の可否)を検討し、全額拒絶が権利濫用とならないかを精査する際の規範として機能する。
事件番号: 昭和36(オ)648 / 裁判年月日: 昭和37年8月10日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】賃貸借物件の床の一部に腐敗損傷が生じても、賃借人が支障なく営業及び居住を継続できている場合には、賃貸人の修繕義務違反を理由とした賃料支払拒絶や当然の賃料減額は認められない。 第1 事案の概要:上告人は被上告人から建物を賃借し、美容院の営業及び居住に使用していた。当該建物の床の一部に腐敗損傷が生じた…