代理権を有する者のなした権限外の行為がその代理権となんら関係のない場合でも、相手方において代理人に権限があると信ずるに足る正当な理由があるときには、民法第一一〇条の適用がある。
代理権を有する者のなした権限外の行為がその代理権となんら関係のない場合と民法第一一〇条の適用。
民法110条
判旨
民法110条の表見代理における基本代理権は、実際に行われた権限外の行為と種類が異なる代理権であってもなり得るが、相手方が代理権があると信ずべき「正当な理由」の有無は、代理人が排除されていた経緯等の具体的事実に基づき厳格に判断される。
問題の所在(論点)
民法110条の基本代理権は、代行された権限外の行為と全く関係のない代理権(異種の代理権)であっても認められるか。また、過去に代理権を制限・排除されていた事情がある場合、相手方の「正当な理由」は認められるか。
規範
民法110条の表見代理において、基本代理権と実際になされた行為が同種であることは要しない。代理権を有する者のなした権限外の行為が、その代理権となんら関係のない場合であっても、相手方において代理人に権限があると信ずるにつき「正当な理由」(同条ただし書)があるときには、同条の適用がある。
重要事実
被上告人(本人)の代理人Dは、かつて被上告人のために訴外Gとの間で賃貸借契約の締結や賃料取立を行う代理権を有していた。しかし、Dは本件土地売買契約の当時、被上告人から信用し難いものとして、相手方である訴外Eに対する家屋賃料の取立業務から既に排除されていた。被上告人はEに対し、Dを介さず直接現金を郵送するよう申し入れ、Eもこれを了承していた。その後、Dが被上告人の代理人と称してEとの間で本件土地売買契約を締結したため、E側が民法110条の表見代理の成立を主張して争った。
事件番号: 昭和28(オ)1350 / 裁判年月日: 昭和31年9月18日 / 結論: 棄却
本人の渡米不在中権限を踰越して土地売却の代理行為をした代理人について、本人の実印を所持していた事実の外、後記(判決理由参照)のような事情もあつたときは、民法第一一〇条の代理権ありと信ずべき正当の理由があるものということができる。
あてはめ
DがGとの間で有していた賃貸借関連の代理権は、Eとの間の土地売買契約という全く別個の行為に対しても、基本代理権となり得る。しかし、正当な理由の判断において、Eは被上告人から「Dは信用できないため賃料取立から排除した」との申し入れを直接受けて了承していた事実が重視される。このような状況下では、EがDに本件土地売買の代理権があると信じたとしても、客観的な事情に照らして「正当な理由」があるとはいえない。
結論
本件土地売買契約につき、民法110条の表見代理は成立しない。Dがかつて有していた異種の代理権は基本代理権となり得るが、相手方EにおいてDの権限を信ずべき正当な理由が欠けるためである。
実務上の射程
基本代理権の範囲を広汎に認める一方で、「正当な理由」の判断において本人と相手方・代理人間の個別具体的な接触経緯を厳しく審査する実務上の枠組みを示した。答案上は、異種事案でも110条の適用を肯定する論拠として本判例を引用し、あてはめでは代理権の消滅・制限に関する本人の通知等の有無を「正当な理由」の成否で検討する際に活用する。
事件番号: 昭和36(オ)78 / 裁判年月日: 昭和38年1月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の表見代理が成立するためには、相手方が代理権があると信じ、かつ信ずるにつき正当の事由があることを具体的に主張する必要があり、単に代理権があると信じていたという事実の主張のみでは足りない。 第1 事案の概要:上告人らは、被上告人B1がB2を代理して消費貸借契約や抵当権設定、代物弁済予約を…
事件番号: 昭和30(オ)962 / 裁判年月日: 昭和32年11月14日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の表見代理が成立するためには、行為当時に基本代理権が存在していることが必要であり、基本代理権を全く有しない者が行った純然たる無権代理行為について同条を適用または類推適用することはできない。 第1 事案の概要:上告人(買主)は、被上告人の代理人と称する訴外Dから本件土地・家屋を買い受けた…
事件番号: 昭和36(オ)50 / 裁判年月日: 昭和38年8月8日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】代理人が本人から授与された権限(本件では10万円の保証および抵当権設定等)を超えて、より広範な内容の契約(30万円の根抵当権設定)を締結した場合、相手方が代理権を有すると信ずべき正当な理由があるときは、民法110条の表見代理が成立する。 第1 事案の概要:上告人はDに対し、10万円の範囲での借用債…
事件番号: 昭和36(オ)644 / 裁判年月日: 昭和37年5月17日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】代理権消滅後に、元代理人が従前の代理権の範囲を超えた行為をした場合、民法112条(代理権消滅後の表見代理)と110条(権限外の行為の表見代理)の法理を重ねて適用し、相手方がその権限があると信ずべき正当な事由があるときは、本人はその責を負う。 第1 事案の概要:上告人の養父Eは、上告人の承諾を得て土…