約束手形が代理人によりその権限を超越して振り出された場合に、民法第一一〇条により、本人の手形の責任が生ずるためには、手形受取人において右代理人に振出の権限があるものと信ずべき正当の理由を有するときに限るのであって、右受取人にかかる事由のないときは、たとい、その後の手形所持人において右代理人に振出の権限があるものと信ずべき正当の理由を有していたとしても、同条を適用して右所持人に対する手形上の責任を振出人本人に負担させることはできないと解すべきである(大正一三年(オ)第六〇一号同一四年三月一二日大審院判決、民集四巻一二〇頁、昭和三二年(オ)第六二〇号同三六年一二月一二日第三小法廷判決・民集一五巻一一号二七五六頁参照)。
超権代理人による手形の振出と民法第一一〇条の第三者。
手形法8条,民法110条
判旨
無権限者による手形振出において民法110条の表見代理が成立するには、直接の相手方である手形受取人が善意・無過失(正当の理由)であることを要し、受取人に正当の理由がない限り、その後の手形所持人が正当の理由を有していても表見代理は成立しない。
問題の所在(論点)
無権限代理人によって手形が振り出された場合、民法110条の表見代理の成否を判断するにあたって「正当の理由」を具備すべき者は、直接の相手方である受取人か、それとも現在の手形所持人か。
規範
約束手形が代理人によりその権限を超越して振り出された場合に、民法110条を適用して振出人に手形上の責任を負わせるためには、手形受取人において当該代理人に振出の権限があると信ずべき正当の理由を有することを要する。手形受取人に正当の理由がないときは、その後の手形所持人が正当の理由を有していたとしても、同条を適用することはできない。
重要事実
訴外Dは、訴外合資会社E商会(受取人)に対し、権限を越えて本件約束手形を振り出した(無権限署名代理行為)。本件手形の受取人であるE商会には、Dに振出権限があると信ずべき正当の理由が認められなかった。一方で、E商会から手形の裏書譲渡を受けた上告人(所持人)には、振出権限の存在を信じたことについて正当の理由が認められる余地があった。
あてはめ
本件におけるDの振出行為は権限を逸脱した無権限代理行為である。規範に照らせば、表見代理の成否は直接の相手方であるE商会を基準に判断すべきである。E商会にはDの権限を信ずべき正当の理由がないと認定される以上、その時点で表見代理は成立しない。したがって、その後の転得者である上告人において正当の理由があったとしても、遡って振出人に手形上の責任を負わせることはできない。
結論
手形受取人に正当の理由がない以上、後続の所持人が正当の理由を有していても民法110条は適用されず、振出人は手形上の責任を負わない。
実務上の射程
手形行為における表見代理の成否は、あくまで「直接の相手方」との関係で決まるという遮断的な判断枠組みを示す。答案上は、手形の流通性を重視して転得者基準を採る有力説もあるが、判例は一貫して受取人基準を採るため、本判例に従って論証するのが実務的である。
事件番号: 昭和37(オ)232 / 裁判年月日: 昭和39年9月15日 / 結論: その他
代理人が代理権の範囲を越えいわゆる署名代理の方法により振り出した約束手形について、受取人においてこれを本人みずから振り出した手形であると信じ、かつ、そのように信ずるにつき正当の理由があつたときは、本人は、民法第一一〇条の類推適用により、振出人としての責に任ずると解するのが相当である。