一 解約手附の授受された売買契約において、当事者の一方は、自ら履行に着手した場合でも、相手方が履行に着手するまでは、民法第五五七条第一項に定める解除権を行使することができるものと解するのを相当とする。 二 (反対意見がある)。
解約手附の授受された売買契約の履行に着手した当事者からの解除の許否
民法557条1項
判旨
民法557条1項に基づき手付による契約解除を行う場合、自らが履行に着手していたとしても、相手方が履行に着手していない限り、当該解除権を行使することができる。
問題の所在(論点)
民法557条1項に基づく手付解除において、自ら履行に着手した当事者は、相手方が未だ履行に着手していない場合であっても解除権を行使することができないか。
規範
民法557条1項が「相手方が契約の履行に着手するまで」に限り解除できると定めた趣旨は、履行に着手した当事者が被る損害や期待を保護することにある。したがって、同条項は履行に着手した当事者に対して解除権の行使を禁止する趣旨と解すべきであり、解除権を行使する当事者が自ら履行に着手していた場合であっても、未だ履行に着手していない相手方に対しては、なお手付による解除権を自由に行使できると解するのが相当である。
重要事実
売主である上告人と買主である被上告人は不動産の売買契約を締結した。上告人は、自ら土地家屋調査士や司法書士に書類作成を依頼し、土地台帳の地積訂正を行うなど、履行期において直ちに所有権移転登記をなし得る態勢を整えていた(自らの履行着手)。その後、上告人は手付による契約解除の意思表示をしたが、原審は上告人が自ら履行に着手していることを理由に、相手方(被上告人)の履行着手の有無を審理することなく解除を無効とした。
事件番号: 昭和25(オ)69 / 裁判年月日: 昭和27年8月23日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法557条1項にいう「履行に着手」とは、債務の履行そのもの、または履行の一部をなすのに欠くことのできない前提行為を行うことを指し、山林の売買において目的物の実地引渡しがなされた場合はこれに該当する。 第1 事案の概要:上告人(買主)と被上告人(売主)との間で山林の売買契約が締結された。売買に際し…
あてはめ
民法557条1項の文言上、解除が制限される基準はあくまで「当事者の一方(=解除の相手方)」が履行に着手したか否かにある。本件において、上告人が登記申請書類の用意や地積訂正を行うなど自らの義務を履行する態勢を整え、履行に着手したと認められる事実があるとしても、そのことは相手方である被上告人の履行着手の有無を排斥するものではない。原審は、被上告人が履行に着手したか否か(代金の準備や提供が履行の着手といえるか等)を審理すべきであり、単に上告人が履行に着手していることのみをもって解除権行使を否定することはできない。
結論
自ら履行に着手した当事者であっても、相手方が履行に着手していない限り、手付による契約解除が可能である。原審は相手方の履行着手の有無を審理すべきであったため、破棄差戻しを免れない。
実務上の射程
手付解除の時期制限(履行の着手)に関する基本判例である。答案上は、解除権行使の要件検討において、解除権者自身の着手の有無は要件とならず、あくまで「相手方」の着手の有無が決定的な基準となることを示す際に引用する。相手方の「履行の着手」の定義(客観的に外部から認識し得る形で債務の履行行為の一部をなし、または履行の提供をするために欠くべからざる前提行為をしたこと)と併せて論証に組み込む。
事件番号: 昭和37(オ)760 / 裁判年月日: 昭和40年11月24日 / 結論: 棄却
一 解約手附の授受された第三者所有の不動産の売買契約において、売主が、右不動産を買主に譲渡する前提として、当該不動産につき所有権を取得し、かつ、自己名義の所有権取得登記を得た場合には、民法五五七条第一項にいう「契約ノ履行ニ著手」したときにあたるものと解するのを相当する。 二 解約手附の授受された売買契約において、当事者…
事件番号: 昭和27(オ)248 / 裁判年月日: 昭和29年12月21日 / 結論: 棄却
債務者が遅滞に陥つたときは、債権者は、期間を定めずに催告した場合でも、催告の時から相当の期間を経過すれば、契約を解除できるものと解すべきである。
事件番号: 昭和29(オ)361 / 裁判年月日: 昭和30年12月26日 / 結論: 棄却
賃借人の居住する家屋の売買で、売主が賃借人に家屋の明渡をなさしめた上これを買主に引渡す約定のある場合、買主が、しばしば売主に対し、賃借人に家屋の明渡をなさしめてこれが引渡をなすべきことを督促し、その間常に残代金を用意し、明渡があればいつでもその支払をなし得べき状態にあつた上、売主が、買主とともに賃借人方に赴き売買の事情…
事件番号: 昭和39(オ)694 / 裁判年月日: 昭和41年1月21日 / 結論: 破棄差戻
履行期の約定がある場合であつても、当事者が債務の履行期前には履行に着手しない旨合意している等格別の事情のないかぎり、右履行期前に民法第五五七条第一項にいう履行に着手することができないものではない。