必ずしも本人の作為または不作為によるものであることを要しない。
一 民法第一一〇条にいう「正当ノ理由」あることを否定できないとされた事例 二 右「正当ノ理由」は本人の作為または不作為に基因することを要するか
民法110条
判旨
民法110条の「正当な理由」は、必ずしも本人の作為または不作為によるものであることを必要とせず、相手方が代理権の存在を信じたことにつき過失がない場合には認められる。また、相手方が一度本人の資産状況等を知った以上、特段の事情がない限り、取引に際して重ねて営業規模等を調査する義務はない。
問題の所在(論点)
民法110条の「正当な理由」の存否を判断するにあたり、本人の積極的な作為・不作為が必要か。また、相手方が本人の資産状況を把握していた場合、取引の都度調査すべき義務を負うか。
規範
民法110条の表見代理が成立するための「正当な理由」とは、相手方が代理権の存在を信じ、かつ、そのように信じたことについて過失がないことをいう。この正当な理由の判断にあたっては、本人の帰責事由(作為・不作為)が直接の原因であることは必須ではなく、諸般の事情から相手方の信頼が合理的といえるか否かで判断すべきである。また、相手方が過去に本人の良好な資産・売上状況を認識していた場合、その後の取引において改めて調査を尽くすべき義務は、特段の事情がない限り否定される。
重要事実
上告会社(本人)の名古屋営業所長Fは、会社を代理して被上告人(相手方)から金員を借受ける契約を締結した。Fは、銀行届出の印鑑証明が付いた委任状や、取引上既知であった営業所印等が押印された小切手帖を提示していた。被上告人は以前、上告会社の披露会に出席し、同社が多額の資産と売上を有する優良企業であることを知っていた。一方で、本件借入れの利息は手形割引料率と比較して必ずしも高率ではなく、当時は深刻な金融引締めの状況下にあった。上告会社は、Fに銀行取引の権限を与えており、Fの過去の不正行為を秘匿していた事情も存在した。
あてはめ
まず、Fが提示した委任状、印鑑証明、既知の営業所印、小切手帖等の外観的事実に加え、当時の金融逼迫という社会的背景を照らせば、被上告人がFに代理権があると信じたことには合理的な根拠がある。次に、本人の帰責性については、必ずしも本人の作為を要しないが、本件では上告会社がFに一定の権限を与え、不正を隠蔽していたという事情も考慮される。さらに、被上告人は以前に会社の資産・売上規模を確認しており、多額の資産を持つ会社であっても資金繰りの必要が生じることはあり得るため、本件貸借に際して改めて資産状況を再調査しなかったことに過失があるとはいえない。
結論
被上告人には、Fに代理権があると信ずべき「正当な理由」が認められ、上告会社は民法110条に基づき本件貸借契約の責任を負う。
実務上の射程
110条の正当な理由の有無を検討する際、「相手方の調査確認義務」の範囲を限定的に解する材料として重要である。特に、過去に取引関係や属性確認があった場合に、その後の個別の取引でどの程度の追加調査が求められるかを論じる際の指標となる。また、本人の帰責性が直接的な原因でなくとも表見代理が成立し得ることを確認しており、無権代理人の提示した資料がどの程度外観を整えていれば足りるかの判断に活用できる。
事件番号: 昭和26(オ)769 / 裁判年月日: 昭和28年12月3日 / 結論: 棄却
民法第一一〇条にいわゆる代理権ありと信ずべき正当な理由は、必ずしも常に本人の作為または不作為に基くものであることを要しないと解するのを相当とする。