一 文書の成立の真正を推定しえないとされた事例 二 当事者の申し立てない事項につき判決したと認められた事例
民訴法326条,民訴法186条
判旨
私文書の印影が名義人の印章によって顕出された場合であっても、それが他人の冒用によるものであることが明らかになったときは、民事訴訟法228条4項(旧326条)の規定による二段の推定のうち、第一段階の推定(印影の顕出が名義人の意思に基づくこと)は適用されない。
問題の所在(論点)
文書の名義人の印影が本人の印章によるものである場合において、それが他人の冒用によるものであることが立証されたとき、民事訴訟法228条4項による成立の真正の推定は維持されるか。
規範
私文書の成立の真正については、民事訴訟法228条4項により、本人の印影が存在すれば本人の意思に基づいて押印されたものと事実上推定され(一段目の推定)、これにより文書全体が真正に成立したものと推定される(二段目の推定)。しかし、当該印影が名義人の印章を冒用して他人によって顕出されたものであるとの事情が明らかになった場合には、当該推定規定を適用して文書の成立の真正を肯定することはできない。
重要事実
上告人は、被上告人名義の文書(乙第3号証)を提出し、その成立の真正を主張した。被上告人は、当該文書の印影が自己の印章によって顕出されたものであることは認めたものの、自己の意思に基づいて押印されたものではない(印章を盗用・冒用されたものである)と主張して争った。原審は、証拠に基づき、上告人が被上告人の印章を冒用して当該文書を作成した事実を認定した。
あてはめ
本件において、乙第3号証の印影が被上告人の印章によるものであることは争いがない。しかし、原審の証拠調べによれば、当該印影は上告人が被上告人の印章を冒用して勝手に顕出させたものであると認定されている。このように、印影が本人の意思に基づかない「冒用」によるものであるという反証が成功した以上、印影の存在から「本人の意思に基づく押印」を推定する余地はなくなる。したがって、同条項を適用して当該文書の成立が真正であると推定することはできない。
結論
印影が名義人の印章を冒用して他人により顕出された事情が明らかになった以上、民事訴訟法228条4項を適用して文書の成立の真正を推定することはできない。
実務上の射程
二段の推定に関するリーディングケース。答案では、相手方が「印影は本人のものだが、盗用されたものである」と抗弁した場合に、第一段階の推定(押印の意思)を破るための立証として「冒用の事実」を挙げる。冒用の事実が認められれば、本条の推定は働かなくなり、挙証者が別途成立の真正を立証する必要があることを論じる際に用いる。
事件番号: 昭和37(オ)740 / 裁判年月日: 昭和38年11月15日 / 結論: 棄却
私文書の押印部分がその名義人の印鑑によつて作出されたものであることが認められる場合であつても、右押印が名義人の意思に基づかないことが認定される以上、民訴法第三二六条の適用はありえない。
事件番号: 昭和34(オ)726 / 裁判年月日: 昭和37年9月14日 / 結論: 破棄差戻
丙を代理人として、甲の先代から不動産を買い受けた乙が、丙にその所有権を移転する意思がないにも拘らず、たまたま右の売買契約書に買主名義が丙となつていた関係上、丙をして甲に対する所有権移転登記手続請求の訴を提起させ、その勝訴の確定判決に基づいて甲より丙に所有権移転登記を受けさせた場合には、民法第九四条第二項の法意に照し、乙…
事件番号: 昭和39(オ)1176 / 裁判年月日: 昭和40年7月8日 / 結論: 破棄差戻
私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によつて顕出されたものであるときは、反証のないかぎり、該印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定するのを相当とするから、民訴法第三二六条により、該文書が真正に成立したものと推定すべきである。