判旨
自動車運転者は、前方に同一方向に進行する自転車がある場合、進路の間隔を十分に保ち、自転車の予期せぬ挙動にも対応できるよう減速すべき注意義務を負い、また、使用者が民法715条1項但書による免責を受けるには選任及び監督の両方について相当の注意を尽くしたことを要する。
問題の所在(論点)
1. 自動車運転者が前方の自転車に対して負う注意義務の内容。 2. 民法715条1項但書による免責の要件。 3. 過失相殺における裁判所の裁量の範囲。 4. 事故後の破傷風発症による死亡と事故との間の因果関係(予見可能性)。
規範
1. 自動車運転者の注意義務:同一方向に進行する自転車がある場合、進路の間隔を拡大し、自転車が突如進路に近寄ったとしても衝突を回避できる程度に速度を低減すべき義務を負う。 2. 使用者責任(民法715条1項但書):使用者が免責されるためには、被用者の選任及び監督の双方につき相当の注意をなしたことを要する。 3. 過失相殺(民法722条2項):被害者に過失がある場合にこれを賠償額の算定に斟酌するか否かは、裁判所の自由裁量に属する。
重要事実
加害者Aは、自動車を運転中、約50メートル前方に同一方向に進行する被害者Dの自転車を発見した。Dは叺(かます)を積んで道路中央付近を走行していた。Aは、Dとの間隔を殆ど置かずに時速30キロメートル以上の速度で追い越そうとした際、左前方泥除けを自転車に接触させ、転倒したDを後輪で轢過した。Dはその後破傷風を発症して死亡した。Aの雇用主である上告会社は、採用時の試験や定期的な事故防止訓示、車両点検等を行っていたとして使用者責任の免責を主張した。
あてはめ
1. 注意義務:Aは前方の自転車を発見しながら、十分な間隔を空けず、かつ減速も不十分なまま追い越そうとした。自転車のふらつき等の挙動は予測すべきであり、安全な間隔と速度を保持しなかったAには過失が認められる。 2. 免責:会社が試験や訓示を行っていたとしても、選任・監督の「双方」について十分な注意を尽くしたとまでは言えず、免責は認められない。 3. 因果関係:事故を原因とする破傷風の発症は、通常人にとって予見不可能な特別事情とはいえず、事故と死亡との間の因果関係が認められる。 4. 過失相殺:被害者に道路中央進出等の落ち度があっても、これを斟酌しないことは裁判所の裁量として許容される。
結論
加害者Aの過失、及び上告会社の使用者責任を認めた原審の判断は正当であり、破傷風による死亡との因果関係も肯定される。裁判所が被害者の過失を斟酌しなかったことも違法ではない。
事件番号: 昭和27(オ)722 / 裁判年月日: 昭和30年1月18日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】過失相殺(民法722条2項)は、被害者に生じた損害の総額に対して必ず一律に行わなければならないものではなく、項目別など個別の算定過程において適用することも許容される。 第1 事案の概要:上告人は、三輪車と相手方の車両がすれ違う際の事故により損害を被った。原審は、三輪車が右方に寄る以前の状況や事故態…
実務上の射程
使用者責任の免責要件(選任・監督の双方)を厳格に解する実務を裏付ける。また、過失相殺について「裁判所の自由裁量」とする表現は、現在の実務における過失相殺基準(過失割合の定型化)以前の判断である点に注意が必要だが、職権調査事項としての性質を示す素材として活用できる。
事件番号: 昭和39(オ)1430 / 裁判年月日: 昭和40年9月14日 / 結論: 棄却
民法第七一五条の使用者の損害賠償義務と加害者(被用者)本人の損害賠償義務とはいわゆる不真正連帯債務の関係にあるにすぎないから、加害者本人と被害者間の示談契約によつては、使用者は事故による損害賠償義務を免れるものではないと解するのが相当である。
事件番号: 昭和28(オ)406 / 裁判年月日: 昭和30年3月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不法行為に基づき、捜査機関への誤った犯人申告によって被申告者が勾留され、新聞記事で名誉を毀損された場合、その間に警察官や検察官の判断、新聞記者の取材行為等が介在したとしても、相当因果関係は否定されない。 第1 事案の概要:上告人は、確たる証拠がないにもかかわらず、漠然とした記憶に基づいて軽々しく被…