判旨
憲法25条1項は、国家に対し国民一般の生活を保障する責務を課す抽象的趣旨にとどまり、国民が直接に具体的・現実的な権利を有するものではない。したがって、生存を維持できない窮乏状態であっても、同条を根拠に犯罪行為が正当化されることはない。
問題の所在(論点)
憲法25条1項の生存権規定に基づき、生活困窮者が行った犯罪行為が正当化されるか、あるいは刑罰を減免する根拠となりうるか(同条の具体的権利性と違法性阻却・責任阻却の可否)。
規範
憲法25条1項は、国家が国民一般に対して概括的に健康で文化的な最低限度の生活を営ませる責務を負担し、これを国政上の任務とすべき趣旨を定めたものである。同条の規定によって、直接に個々の国民が国家に対して具体的・現実的な権利を有するものではない。
重要事実
被告人が刑事事件において犯罪行為に及んだが、その背景には、最低限度の生活すら営むことができないという極度の困窮状態があった。被告人側は、このような生存の危機の下で行われた行為は、憲法25条1項の趣旨に照らし、正当化されるか、あるいは実刑を免れるべきであると主張して上告した。
あてはめ
憲法25条1項は国家の任務を宣言した抽象的規定であり、特定の個人の行為を正当化する直接の法的根拠とはならない。仮に被告人が最低限度の生活を営み得ない困窮状態にあり、それが原因で本件犯罪に及んだとしても、同条が個別の行為を違法ではないとする法的効力(正当化事由)を付与したり、刑罰を免除させる直接の法的根拠となるものではない。したがって、被告人の所論は前提において理由を欠く。
結論
憲法25条1項を根拠に犯罪行為が正当化されることはなく、実刑を免れうるものでもない。上告棄却。
実務上の射程
生存権の法的性格について、プログラム規定説的立場(抽象的権利説)を明確にした初期の判例である。答案上は、生存権に基づく具体的請求の可否だけでなく、本件のように「憲法上の権利を根拠とする違法性阻却」の主張に対する反論として、規定の抽象性を指摘する文脈で使用できる。ただし、現在の生存権訴訟では具体的な立法不作為の裁量統制が議論の中心であるため、憲法の「私法的効力」や「刑事上の正当化事由」としての限界を示す場面での引用が適している。
事件番号: 昭和29(あ)3977 / 裁判年月日: 昭和30年5月12日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】憲法25条1項は、国家が国民一般に対して健康で文化的な最低限度の生活を営ませる責務を国政上の任務として負担する趣旨であり、個々の国民に具体的・現実的な権利を直接与えるものではない。 第1 事案の概要:刑事被告人に対し実刑を科す旨の判決が言い渡されたが、被告人はこれに対し、実刑に処されればその家族が…