一 支払銀行に対し、手形の不渡異議申立手続を委託した手形債務者から異議申立提供金に見合う資金として支払銀行に交付された預託金の返還請求権が手形債権者に転付された場合に、支払銀行が右債権の差押前から手形債務者に対して有する反対債権をもつて被転付債権と相殺することが、預託金返還請求権の性質上制限されるものと解すべき理由はない。 二 民訴法六〇九条に基づき、第三債務者が、差押裁判所に対してした陳述において、被差押債権の「存在を認めて支払の意思を表明し将来において相殺する意思がある旨を表明しなかつた場合でも、その後、これを受働債権として相殺に供すること又は時効により消滅したと主張することを妨げるものではない。
一 不渡異議申立手続の委託に伴う預託金の返還請求権が手形債権者に転付きれた場合と支払銀行が手形債務者に対して有する反対債権をもつてする相殺の許否 二 第三債務者が民訴法六〇九条に基づき被差押債権の存在を認め支払意思を表明したことと相殺権の放棄
手形法38条,民法511条,民法646条1項,民訴法609条,民訴法748条
判旨
不渡異議申立預託金は特定の手形債権の支払を担保するものではないため、支払銀行は預託金返還債務と自己の債権を相殺できる。また、第三債務者が差押時の陳述で相殺の意思を表明しなかったとしても、事後に相殺を主張することは妨げられない。
問題の所在(論点)
1. 不渡異議申立預託金返還債務を受働債権とする相殺が、手形債権者との関係で制限されるか。 2. 第三債務者が差し押さえの際の陳述において相殺の意思を表明しなかった場合、禁反言の法理等により、後に相殺を主張することが制限されるか。
規範
1. 不渡異議申立預託金は、特定の手形債権の支払を担保し優先弁済に充てる目的で提供されるものではない。したがって、支払銀行が手形債務者に対して有する反対債権をもって、当該預託金返還債務と相殺することは原則として制限されない。 2. 第三債務者が民事執行法上の陳述義務(旧民訴法570条等)に基づき、債権の存在を認め支払意思を表明し、かつ将来の相殺の意思を表明しなかったとしても、それは事実の報告にすぎない。かかる陳述によって、事後の相殺主張等の実体法上の抗弁権が喪失することはない。
重要事実
手形債務者であるD社は、支払銀行(被上告人)に対し、手形の不渡異議申立手続を委託し、異議申立預託金を預託した。その後、D社の債権者(上告人)が、D社の銀行に対する預託金返還請求権を差し押さえ、転付命令を受けた。銀行は、D社に対して有する貸金債権等を自働債権として、預託金返還債務と相殺する旨の意思表示をした。上告人は、銀行が当初の陳述書で相殺の意思を表明していなかったことや、不渡預託金の性質を理由に、相殺の有効性を争った。
あてはめ
1. 異議申立預託金は、手形債権者のための担保的な性格を有するものではなく、債権者が優先弁済を主張しうる地位にあるとはいえない。そのため、銀行が一般債権者として相殺権を行使しても、手形債権者の利益を不当に害するものとは解されない。 2. 銀行が執行機関に対して行った「債権が存在し、支払の意思がある」旨の陳述は、あくまで執行手続上の事実報告である。この陳述によって相殺の抗弁を放棄したとみることはできず、後に相殺を主張しても禁反言には反しない。また、期限の利益喪失後の手形書換え等の事実があっても、直ちに相殺期待権を放棄したものとは認められない。
結論
銀行による相殺は有効であり、預託金返還請求権の転付を受けた上告人に対抗することができる。上告人の請求は棄却される。
実務上の射程
預託金返還請求権の性質と、差押時の陳述の法的性質(事実の報告)を明らかにした射程の長い判例である。民事執行法147条に基づく陳述の場面において、第三債務者が相殺の留保をしなかったとしても、実体法上の相殺権行使は妨げられないという理屈を論証する際に用いる。
事件番号: 昭和43(オ)778 / 裁判年月日: 昭和45年6月18日 / 結論: 棄却
手形の不渡異議申立手続を委託した手形債務者から異議申立提供金に見合う資金として支払銀行に交付された預託金の返還請求権が手形債権者に転付された場合に、支払銀行が右債権の差押前から手形債務者に対して有する反対債権をもつて被転付債権と相殺することが、預託金返還請求権の性質上制限されるものと解すべき理由はない。