手形の不渡異議申立手続を委託した手形債務者から異議申立提供金に見合う資金として支払銀行に交付された預託金の返還請求権が手形債権者に転付された場合に、支払銀行が右債権の差押前から手形債務者に対して有する反対債権をもつて被転付債権と相殺することが、預託金返還請求権の性質上制限されるものと解すべき理由はない。
不渡異議申立手続の委託に伴う預託金の返還請求権が手形債権者に転付された場合と支払銀行が手形債務者に対して有する反対債権をもつてする相殺の許否
手形法38条,民法646条1項,民法52条
判旨
不渡異議申立の預託金返還債権は、手形債権者のための担保ではなく、支払銀行は預託金返還債務を一般債務と同様に自働債権と相殺できる。また、仮差押等より前に弁済期が到来している自働債権であれば、受働債権の履行期がそれ以降であっても相殺を対抗しうる。
問題の所在(論点)
1. 不渡異議申立の預託金返還債務を自働債権と相殺することは、手形債権者の利益を害するものとして制限されるか。2. 仮差押前に弁済期が到来している自働債権をもって、仮差押後に履行期が到来した受働債権と相殺し、転付債権者に対抗できるか。
規範
不渡異議申立のための預託金は、取引停止処分の回避が目的であり、特定の手形債権者のための支払担保ではない。したがって、銀行の預託金返還債務は他の一般債務と区別されず、相殺も制限されない。また、第三債務者は、差押え等の通知を受ける前に取得した自働債権の弁済期が、受働債権のそれより先に到来している場合には、受働債権の履行期到来後に相殺をもって差押債権者に対抗できる(民法511条の趣旨)。
重要事実
手形債務者D社は、不渡による取引停止を免れるため、支払銀行である被上告人に手形金相当額を預託し、異議申立を委託した。手形債権者である上告人は、D社に対する確定判決に基づき、D社の被上告人に対する預託金返還債権を仮差押、次いで差押・転付命令を受けた。被上告人は、自身がD社に対して有していた別個の手形債権(弁済期:昭和40年7月15日)を自働債権とし、仮差押後の同年12月14日に履行期が到来した預託金返還債権と相殺することを主張した。
あてはめ
1. 預託金制度の趣旨は異議申立の濫用防止にあり、手形債権者への優先弁済を予定したものではない。そのため、信義則上も相殺は制限されない。 2. 被上告人の自働債権の弁済期は昭和40年7月15日であり、上告人による仮差押よりも前に到来している。一方、受働債権(預託金返還債権)は同年12月14日の提供金返還時に履行期が到来したと解される。自働債権が差押え等より前に弁済期にある以上、民法511条の解釈上、相殺の期待は保護されるべきであり、転付命令後であっても相殺を対抗できる。
結論
被上告人による相殺の抗弁は認められ、上告人の請求は棄却される。
実務上の射程
差押えと相殺の優劣に関する基本判例(無制限説の立場)として、差押債権者と第三債務者の利害調整の場面で引用する。特に預託金債権のように履行期が将来に発生する債権が差し押さえられた場合、自働債権の弁済期が差押え前に到来していれば相殺可能であることを示す射程を持つ。
事件番号: 昭和54(オ)1134 / 裁判年月日: 昭和55年5月12日 / 結論: 棄却
一 支払銀行に対し、手形の不渡異議申立手続を委託した手形債務者から異議申立提供金に見合う資金として支払銀行に交付された預託金の返還請求権が手形債権者に転付された場合に、支払銀行が右債権の差押前から手形債務者に対して有する反対債権をもつて被転付債権と相殺することが、預託金返還請求権の性質上制限されるものと解すべき理由はな…
事件番号: 昭和41(オ)1236 / 裁判年月日: 昭和45年11月6日 / 結論: 破棄自判
(省略)