不渡届に際し支払銀行が手形金に相当する現金を提供して異議申立をしたときには、手形交換所の取扱として取引停止処分を猶予するものとされているが、この異議申立提供金は、支払銀行が該手形の不渡をもつて手形債務者の信用に関しないことを証明するためのものであつて、いずれは交換所から支払銀行に返還されることになつているのであるから、不渡手形の後日の支払に充てらるべき性質のものではなく、また、右提供金のための資金が手形債務者から支払銀行に預けられた場合でも、手形債務者と手形債権者との間に特別な契約がない限り、右預け金は、不渡手形の支払に充てらるべき性質のものではない。
不渡届による取引停止処分に対する異議申立提供金及びその資金の性質。
手形法第6章
判旨
不渡手形の異議申立提供金として手形債務者が支払銀行に預けた資金は、特約のない限り手形債権者への支払に充てられるべき性質のものではない。したがって、支払銀行は当該預け金返還債権と自らの反対債権を相殺することができ、その効力を手形債権者(転付債権者)に対抗し得る。
問題の所在(論点)
手形不渡の異議申立提供金として預けられた資金に係る返還債権について、支払銀行が手形債務者に対する別個の債権をもって相殺し、これを転付債権者に対抗することの可否。
規範
手形交換所の異議申立における提供金は、支払銀行が手形債務者の信用に関しないことを認め、その支払能力を証明するためのものであり、最終的に支払銀行に返還される性質のものである。そのため、当該提供金のための預け金は、手形債務者と手形債権者間に特別な契約がない限り、手形債権者への支払に充てられるべき拘束を受けた債権とはいえず、支払銀行による相殺は原則として制限されない。また、受働債権に転付命令がなされた場合でも、第三債務者は転付命令送達時に弁済期にある自らの反対債権をもって相殺を対抗できる。
重要事実
手形債務者D社が振り出した約束手形が不渡りとなった際、不渡処分を猶予されるための異議申立提供金として、D社は支払銀行(被上告人)に資金を預け入れた。手形債権者(上告人)は、D社の被上告人に対するこの預け金返還債権を差し押さえ、転付命令を受けた。しかし、被上告人は転付命令の送達当時、既にD社に対して弁済期が到来した貸付金債権を有していたため、これを自働債権として預け金返還債権(受働債権)と相殺する旨の意思表示をした。上告人は、当該預け金は手形支払に充てられるべきものであり相殺は許されないと主張して争った。
あてはめ
まず、異議申立提供金は手形債務者の信用証明を目的とし、後に銀行へ返還されるものであるから、手形債権者への支払に充てられるべき公金的・信託的性質は認められない。したがって、D社の被上告人に対する預け金返還債権は通常の預金債権と同様、相殺の対象となり得る。次に、被上告人が有する貸付金債権(自働債権)は、転付命令が送達された昭和32年3月7日時点で既に弁済期に達していた。転付命令によって債権が移転しても、第三債務者は送達当時の対抗要件(民法508条等の法理)に基づき、既存の相殺適状にある債権をもって転付債権者に対抗できる。本件の相殺通知は有効に到達しており、相殺の効力が認められる。
結論
支払銀行による相殺は有効であり、転付債権者である上告人は預け金の支払を請求できない。本件上告は棄却される。
実務上の射程
異議申立提供金の法的性質(支払充当義務の否定)を論じる際のリーディングケースである。答案上は、特定の目的で預けられた債権であっても、その目的が債権者保護(信託的拘束)に至らない限り、銀行による相殺の自由が認められることを示す文脈で使用する。転付命令と相殺の優劣に関する民法上の一般原則(無制限説的構成)を補強する素材としても有用である。
事件番号: 昭和29(オ)723 / 裁判年月日: 昭和32年7月19日 / 結論: 棄却
一 手形交換所における手形の呈示後、手形振出人の依頼に基きこれをして取引停止処分を免れさせるため、手形持出銀行がその受入銀行から手形のいわゆる「依頼返還」を受けたとしても、そのために一たんなされた手形の呈示および支払拒絶の効力は失われない。 二 弁済期到来前に受働債権の譲渡または転付があつた場合でも、債務者が右の譲渡通…
事件番号: 昭和46(オ)1110 / 裁判年月日: 昭和50年9月25日 / 結論: 棄却
金融機関が預金者から第三者に転付された預金債権を右預金者に対する手形貸付債権又は手形買戻請求権をもつて相殺した結果預金債権が転付前に遡つて消滅した場合には、金融機関は、手形貸付けについて振り出された手形又は買戻の対象となつた手形を右預金者に返還すべきであり、預金債権の転付を受けた第三者に返還すべきではない。