一 手形交換所における手形の呈示後、手形振出人の依頼に基きこれをして取引停止処分を免れさせるため、手形持出銀行がその受入銀行から手形のいわゆる「依頼返還」を受けたとしても、そのために一たんなされた手形の呈示および支払拒絶の効力は失われない。 二 弁済期到来前に受働債権の譲渡または転付があつた場合でも、債務者が右の譲渡通知または転付命令送達の当時すでに弁済期の到来している反対債権を有する以上、右譲受または転付債権者に対し相殺をもつて対抗することができる。 三 債務者が受働債権の譲受人に対し相殺をもつて対抗する場合には、その相殺の意思表示はこれを右譲受人に対してなすべきである。
一 手形の「依頼返還」の効力 二 弁済期到来前の受働債権の譲渡または転付と債務者の相殺 三 受働債権の譲渡と債務者の相殺の意思表示の相手方
手形法38条,民法468条2項,民法506条1項
判旨
債権譲渡または転付命令の送達当時、債務者が反対債権を有しその弁済期が既に到来している場合には、受働債権の弁済期未到来であっても、債務者は譲受人らに対し相殺を以て対抗できる。
問題の所在(論点)
民法468条2項(現468条)に基づき、債務者が譲受人に対し相殺をもって対抗するための要件。特に、譲渡・転付当時、自働債権の弁済期が到来していれば、受働債権の弁済期が未到来であっても相殺が可能か(無制限説の採用の有無)。
規範
債務者が債権の譲渡または転付前に弁済期の到来している反対債権を有する場合には、債務者は自己の債務の弁済期到来を待って相殺すべきことを期待するのが通常であり、かかる期待及び利益を債務者の関与しない事由で剥奪することは公平の理念に反する。したがって、債権譲渡等の当時、債務者が反対債権を有し、その弁済期が既に到来している場合には、債務者は自己の債務の弁済期の前後を問わず、相殺をもって譲受人または転付債権者に対抗できる。
重要事実
上告人は、訴外Eに対する債務名義に基づき、Eが被上告人(銀行)に対して有する定期預金債権(満期:昭和27年5月1日)につき差押・転付命令を受け、昭和27年2月22日に被上告人へ送達された。これに対し、被上告人は差押以前(昭和26年2月及び27年1月)にEに対する手形上の償還請求権を取得し、その弁済期はいずれも転付命令の送達前に到来していた。被上告人は、上告人からの転付金請求に対し、右償還請求権を自働債権、定期預金債権を受働債権として相殺を主張した。
あてはめ
本件において、被上告人が有する自働債権(償還請求権)は、転付命令が送達された昭和27年2月22日より前の時点で既に弁済期が到来していた。他方、受働債権(定期預金債権)の満期は同年5月1日であり、送達当時は未到来であった。しかし、自働債権の弁済期が既に到来している以上、債務者は将来の相殺を期待する正当な利益を有しており、これを保護すべきである。また、相殺の意思表示の相手方は、自己の債務を履行すべき相手方である譲受人(上告人)に対してなすべきであり、本件での被上告人による相殺の意思表示は有効と認められる。
結論
被上告人による相殺の対抗は有効であり、上告人の転付金請求は認められない。上告棄却。
実務上の射程
債権譲渡・差押えにおける相殺の対抗要件(民法468条、469条関連)のリーディングケースである。判旨は、自働債権の弁済期が「譲渡等の当時」に到来していれば、受働債権の弁済期との前後を問わず相殺を認めており、債務者の期待利益を重視する。司法試験では差押えと相殺の場面(民法511条)で特に重要となり、平成29年改正民法下での469条の解釈においても、本判例の「相殺の期待保護」という趣旨は維持されているため、答案上もその価値判断を援用すべきである。
事件番号: 昭和36(オ)17 / 裁判年月日: 昭和38年10月1日 / 結論: 棄却
不渡届に際し支払銀行が手形金に相当する現金を提供して異議申立をしたときには、手形交換所の取扱として取引停止処分を猶予するものとされているが、この異議申立提供金は、支払銀行が該手形の不渡をもつて手形債務者の信用に関しないことを証明するためのものであつて、いずれは交換所から支払銀行に返還されることになつているのであるから、…