農業協同組合の理事が自己又は第三者の利益をはかるため代表権限を濫用して約束手形を振り出した場合において、受取人が右権限濫用の事実を知り又は知りうべかりし状態のもとに手形の交付を受けたときは、民法九三条但書の規定の類推適用により、農業協同組合は理事の振出行為を無効として受取人に対する手形上の責任を免れることができるが、右受取人がさらに手形を他に裏書譲渡したときは、農業協同組合は、手形法一七条但書の規定により、第三取得者が受取人の右知情について悪意であることを立証した場合に限つて、右第三取得者に対する手形上の責任を免れることができる。
理事が権限を濫用して振り出した約束手形の第三取得者に対する農業協同組合の手形上の責任
農業協同組合法41条,民法53条,民法93条,手形法17条,手形法77条1項1号
判旨
代表権限濫用により振り出された手形の無効は、民法93条1項但書の類推適用により相手方が知情(悪意・有過失)であれば主張できるが、転得者に対しては、手形の流通保護の観点から、転得者が受取人の知情につき悪意である場合に限り、手形法17条但書の類推適用により対抗できる。
問題の所在(論点)
代表権限の濫用による手形振出の無効(民法93条1項但書類推適用)を、振出人が第三取得者(転得者)に対して主張するための要件、およびその根拠となる法条(手形法17条但書の適用の可否)。
規範
理事が自己等の利益を図る目的で代表権限を濫用して約束手形を振り出した場合、民法93条1項但書の類推適用により、受取人が濫用の事実を知り、又は知り得たときは、当該振出行為は無効となる。しかし、当該手形が裏書譲渡された場合、手形の流通証券としての特質を重視し、手形法17条但書の規定を類推適用すべきである。したがって、振出人は、第三取得者(転得者)が受取人の知情について「悪意」であることを立証した場合に限って、当該無効を対抗できる。
重要事実
農業協同組合(上告人)の理事が、自己又は第三者の利益を図る目的で、代表権限を濫用して約束手形を振り出した。受取人は、この権限濫用の事実を知り、又は知り得べき状態(悪意又は有過失)で手形の交付を受けた。その後、この手形は第三取得者へと裏書譲渡された。上告人は、受取人の知情を理由とする振出の無効を第三取得者に対して主張し、手形債務の履行を拒んだ。
あてはめ
本件において、理事による手形振出は代表権限の濫用にあたり、受取人がその事実につき悪意・有過失であれば、民法93条1項但書の類推適用により本来は無効である。しかし、手形が流通した後の第三取得者との関係では、手形法17条但書の趣旨が優先される。すなわち、単に受取人が知情であっただけでは足りず、第三取得者自身が「受取人が権限濫用の事実を知り又は知り得べかりし状態であったこと」について悪意である場合にのみ、無効の抗弁を対抗し得ると解される。本件原審が、上告人組合による抗弁を排斥した判断は、この法理に照らして正当である。
結論
農業協同組合は、第三取得者が受取人の知情について悪意であることを立証しない限り、手形上の責任を免れることができない。
実務上の射程
代表権限濫用事案における転得者保護の枠組みを示す重要判例である。民法上の心理留保類推の理理と、手形法上の人的抗弁の切断(17条)の法理を組み合わせ、重畳的に適用する。答案作成上は、受取人との関係(民法93条1項但書類推)と転得者との関係(手形法17条但書類推)を段階的に論じる必要がある。
事件番号: 昭和42(オ)694 / 裁判年月日: 昭和44年11月14日 / 結論: 破棄差戻
代理人が、自己の利益をはかるため、代理権限を濫用して、約束手形の振出人のために、本人名義で手形上の保証をした場合において、代理人から手形の交付を受けた手形受取人が権限濫用の事実を知りうべきであったときは、受取人に対する国税滞納処分として右手形を差し押えて占有するに至つた国において、差押当時受取人の知情の点につき善意であ…