甲船と乙船との衝突による海難事件に関する高等海難審判庁の裁決の取消訴訟において、被告高等海難審判庁長官が甲船の衝突地点に至る途中の針路について主張する事実が、裁決において認定した事実と異なつていても、衝突の前後の状況から、乙船が甲船の進路を横切る関係にあつたことが認められ、この事実を基礎として乙船の乗組員の過失を認めることができ、かつ、右主張事実が右過失の認定の基礎となる事実の同一性を損なうほどのものでない等原判示のような事情(原判決理由参照)があるときは、同被告が右のような主張をすることは許される。
高等海難審判庁の裁決の取消訴訟において、被告高等海難審判庁長官が、右裁決の認定と異なる事実を主張することが許されるとされた事例
海難審判法4条,海難審判法43条,海難審判法53条
判旨
行政庁が、争訟の対象となっている処分(裁決)の基礎となった事実関係について、争訟の過程で従前の主張と異なる主張をすることは、直ちに許されないものではなく、原審が確定した事実関係に照らして正当である限り許容される。
問題の所在(論点)
行政処分の取り消し訴訟において、行政庁が処分の理由となった事実関係について、訴訟中に当初の主張と異なる新たな主張(主張の差し替え・追加)をすることが許されるか。
規範
行政事件訴訟において、被告(行政庁)が処分の適法性を維持するために、処分の基礎となった事実関係について当初の主張とは異なる主張を行うことは、特段の事情がない限り禁止されない。裁判所は、提示された証拠関係に基づき客観的な事実認定を行い、その認定事実に基づき処分の適法性を判断すべきである。
重要事実
上告人(原告)は、海難審判の結果等に基づく裁決の取り消しを求めて提訴した。その訴訟過程において、被上告人(被告・国側)が、対象となった船舶(D丸)の針路について、当初の前提とは異なる主張を行った。上告人は、このような主張の変更は許されないと争ったが、原審はこれを適法と判断し、裁決に違法はないとした。
あてはめ
本件において、被上告人がD丸の針路に関して新たな主張を行った点について、原審は証拠関係に照らして事実を適法に確定している。行政訴訟の本質は処分の適法性確認にあるため、確定された客観的事実に基づき判断を行うべきである。したがって、被告が従前の主張と異なる事実関係を主張し、裁判所がそれを正当と認める以上、手続上の違法があるとはいえない。
結論
被上告人が訴訟において船舶の針路につき従前と異なる主張をすることは許され、本件裁決を違法とした原判決に誤りはないため、上告を棄却する。
実務上の射程
行政側による「処分の理由の差し替え」に関する重要な示唆を与える判例である。処分の同一性を害しない範囲であれば、処分の適法性を支える具体的事実の補充・変更は許容されるという実務上の運用を支える一例として活用できる。
事件番号: 昭和42(行ツ)38 / 裁判年月日: 昭和47年4月21日 / 結論: 破棄差戻
一、高等海難審判庁の裁決の取消訴訟において、右裁決における事実の認定は、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律八〇条、八一条、電波法九九条のような規定がない以上、事実審たる裁判所を拘束するものではない。 二、約一七ノツトの速力で航行中の甲船(総トン数九五四七トン)と約八・五ノツトの速力で航行中の乙船(総トン数二三…