遺言者が、公正証書によつて遺言をするにあたり、公証人の質問に対し言語をもつて陳述することなく単に肯定又は否定の挙動を示したにすぎないときには、民法九六九条二号にいう口授があつたものとはいえず、このことは遺言事項が子の認知に関するものであつても異ならない。
民法九六九条二号にいう口授の意義
民法969条
判旨
公正証書遺言の作成において、遺言者が公証人の質問に対し言語で陳述せず、単に肯定または否定の挙動を示したにすぎない場合は、民法969条2号の「口授」にあたらず、遺言は無効である。
問題の所在(論点)
公正証書遺言の成立要件である「遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること」(民法969条2号)において、言語によらない肯否の挙動(黙諾等)が「口授」に該当するか。また、遺言事項が子の認知に関するものである場合に、この判断が左右されるか。
規範
民法969条2号にいう「口授」とは、遺言者が遺言の内容を公証人に対し言語をもって陳述することを指す。したがって、遺言者が公証人の問いかけに対して単に首を振るなどの肯定・否定の挙動(身振り手振り)を示すにとどまる場合は、同号の定める厳格な方式を充足したとはいえず、口授があったとは認められない。
重要事実
遺言者が公正証書遺言を作成する際、公証人が遺言事項について質問を行った。これに対し、遺言者は言語を用いて自ら内容を述べる(陳述する)ことはなかった。遺言者は、公証人の発問に対して単に首を振るなどの肯定または否定の挙動を示したにすぎず、その状態で遺言書が作成された。なお、当該遺言事項には子の認知に関する内容が含まれていた。
事件番号: 昭和51(オ)1009 / 裁判年月日: 昭和52年2月14日 / 結論: 棄却
認知者の意思に基づかない届出による認知は、認知者と被認知者との間に親子関係があるときであつても、無効である。
あてはめ
本件において、遺言者は公証人の質問に対して「言語をもって陳述すること」を一切行っていない。単に肯定または否定の挙動を示したにすぎないという事実は、遺言者の確実な意思を公証人が直接聴取するという口授の趣旨に照らし、方式の欠如といわざるを得ない。また、遺言の内容が子の認知という身分上の重要な事項であったとしても、遺言方式の厳格性を緩和すべき理由にはならず、やはり口授があったとはいえないと評価される。
結論
遺言者が公証人の質問に対し単に肯定または否定の挙動を示したにすぎないときは、民法969条2号の口授があったとはいえず、当該公正証書遺言は無効である。
実務上の射程
本判決は、公正証書遺言の方式の厳格性を強調するものである。実務上、公証人が作成した文案を読み聞かせ、遺言者が単に「はい」と答えたり頷いたりするだけの、いわゆる「黙諾遺言」の有効性が問題となる。本判例の射程は、言語による陳述が全くないケースに直接及ぶ。答案上では、自書能力を欠く者の遺言において、どの程度の「言語的要素」が必要かを検討する際の基礎的な規範となる。
事件番号: 昭和54(オ)20 / 裁判年月日: 昭和54年7月5日 / 結論: 棄却
公証人が予め他人作成のメモにより公正証書作成の準備として筆記したものに基づいて遺言者の陳述を聞き、右筆記を原本として公正証書を作成した場合であつても、原審認定の事実関係(原判決理由参照)のもとにおいては、右公正証書による遺言は口授の要件を欠くものということはできない。