建物を建築してその所有権を取得した者が、自己の債権者からの強制執行を免れるため、長男の承諾を得てその名義で所有権保存登記を経由した場合であつても、その登記を経由した当時はいまだ右建物につき現実に強制執行を受けるような客観的状態がなかつたなどの事実関係が認められるときは、長男の名義でなされた右所有権保存登記は、民法七〇八条本文にいう不法原因給付にあたらない。
強制執行を免れるため長男の承諾を得てその名義でなされた建物の所有権保存登記が不法原因給付にあたらないとされた事例
民法708条,刑法96条の2
判旨
強制執行を免れる目的で不動産の所有権保存登記を他人に移転した場合であっても、現実に強制執行を受けるような客観的状態にないときは、不法原因給付(民法708条)には当たらない。
問題の所在(論点)
強制執行を免れる目的で他人名義の所有権保存登記を了した行為が、民法708条の「不法原因給付」に該当し、当該不動産の返還請求(名義回復)が否定されるか。
規範
民法708条本文にいう「不法な原因」とは、給付の原因となる行為が公序良俗(民法90条)に反することを指す。強制執行を免れる目的で財産を隠匿・移転する行為は、原則として不法な目的に基づくものであるが、給付時において現実に強制執行を受けるような客観的状態が存在しない場合には、社会通念上、返還を拒絶させるほどの強い不法性が認められず、同条の「不法」には当たらないと解するのが相当である。
重要事実
被上告人は、建物の建築当時、高利貸に対して債務を負担しており、建物に対して強制執行を受けるおそれがあった。そのため、強制執行を回避する目的で、建物を長男である上告人に贈与した事実がないにもかかわらず、その名義を一時的に上告人とする所有権保存登記を経由した。しかし、当該登記を経由した当時、いまだ本件各建物について現実に強制執行を受けるような客観的状態にはなかった。
事件番号: 昭和25(オ)56 / 裁判年月日: 昭和27年3月18日 / 結論: 棄却
債務者が強制執行を免れるためにした財産の仮装譲渡が、刑法第九六条ノ二の施行前まだ公序良俗に反しないと認められていたときになされた場合は、民法第七〇八条の不法原因給付といえない。
あてはめ
本件において、被上告人が上告人名義の登記を行った動機は、将来の強制執行を免れるという不当な目的によるものであった。しかし、登記当時において被上告人の債権者が現実に強制執行に着手するなどの「客観的状態」には至っていない。このような状況下での名義変更は、不法性の程度が著しく高いとはいえず、民法708条の適用によって給付の返還を封じるべき場合に当たらないと評価される。
結論
本件の所有権保存登記は不法原因給付には当たらない。したがって、真実の所有者である被上告人は、上告人に対し登記の抹消または移転を請求することができる。
実務上の射程
強制執行免脱目的の虚偽表示(通謀虚偽表示)における不法原因給付の成否を判断する重要な指標となる。主観的な目的(不法な動機)だけでなく、「現実に強制執行を受ける客観的状態」の有無を重視し、不法原因給付の適用範囲を限定的に解釈する実務上の指針を示している。
事件番号: 昭和45(オ)10 / 裁判年月日: 昭和46年10月28日 / 結論: 棄却
不法の原因により既登記建物を贈与した場合、その引渡をしただけでは、民法七〇八条にいう給付があつたとはいえない。
事件番号: 昭和40(オ)740 / 裁判年月日: 昭和41年7月28日 / 結論: 棄却
一 会社が債権者からの差押をうけるおそれがあつたので、第三者が当該会社の財産管理処分の任にあたつていた取締役と図り、会社所有の不動産につき売買を仮装して、自己の名義に所有権移転登記手続を経由した場合において、やがて会社に対し右不動産の所有名義を返還すべきことを知悉していたなど、判示事実関係のもとでは、第三者は民法第七〇…
事件番号: 昭和26(オ)107 / 裁判年月日: 昭和29年8月20日 / 結論: 破棄差戻
一 甲から不動産を買受けた乙が、丙にその所有権を移転する意思がないに拘らず、甲から丙名義に所有権移転登記を受けることを承認したときは、民法第九四条第二項を類推し、乙は丙が所有権を取得しなかつたことを以て善意の第三者に対抗し得ないものと解すべきである。 二 乙が買受けた不動産につき単に名義上所有権取得の登記を受けたにすぎ…