債務者が強制執行を免れるためにした財産の仮装譲渡が、刑法第九六条ノ二の施行前まだ公序良俗に反しないと認められていたときになされた場合は、民法第七〇八条の不法原因給付といえない。
刑法九六条ノ二の施行前に強制執行を免れるためにした財産の仮装譲渡は不法原因給付か
刑法96条ノ2,民法708条
判旨
民法708条にいう「不法の原因」とは、公序良俗に反することを指すが、強制執行を免れるための財産の仮装譲渡は、昭和16年の刑法改正(強制執行妨害罪の新設)前であれば、原則として同条の不法原因給付には当たらない。
問題の所在(論点)
強制執行を免れるための不動産の仮装譲渡(虚偽表示)が、民法708条の「不法の原因」による給付に該当し、不当利得返還請求が否定されるか。また、その判断基準時はいつか。
規範
民法708条の「不法の原因のためになされた給付」とは、公の秩序または善良の風俗に反してなされた給付を指す。また、同条は実体法上の規定であるため、不法原因に該当するか否かは、給付の行為当時の状況を標準として判断すべきである。
重要事実
被上告人の先々代Eは、本件不動産が債権者に執行されるのを免れるため、大正15年7月、上告人A1と合意の上で所有名義を仮装し、A1名義の保存登記を了した。その後、A1は本件不動産をDに売却し、さらに上告人A2がA1・D間の売買が虚偽表示であることを知りながら(悪意で)買い受けた。
事件番号: 昭和45(オ)472 / 裁判年月日: 昭和45年10月22日 / 結論: 棄却
建物を建築してその所有権を取得した者が、自己の債権者からの強制執行を免れるため、長男の承諾を得てその名義で所有権保存登記を経由した場合であつても、その登記を経由した当時はいまだ右建物につき現実に強制執行を受けるような客観的状態がなかつたなどの事実関係が認められるときは、長男の名義でなされた右所有権保存登記は、民法七〇八…
あてはめ
本件の仮装登記は、強制執行を免れる目的の財産仮装譲渡を犯罪として処罰する刑法96条の2(昭和16年新設)の施行より約15年前になされた。給付行為が行われた大正15年当時、かかる行為は犯罪を構成せず、当時の判例もこれを公序良俗違反とは認めていなかった。したがって、行為当時の状況を基準とすれば、本件給付は「不法の原因」に基づくものとはいえない。
結論
本件仮装譲渡には民法708条の適用はなく、不法原因給付には当たらない。したがって、真実の所有者側からの返還請求(抹消登記等)は妨げられない。
実務上の射程
通謀虚偽表示(民法94条1項)が直ちに不法原因給付(708条)になるわけではないことを示す基本判例。ただし、昭和16年以降の行為については、刑罰規定の存在を理由に「不法の原因」に当たるとされる余地を認めている点に注意が必要である(現在は、単なる強制執行免脱目的のみでは708条の不法性は否定されるのが通説的運用だが、本判決は基準時の重要性を示す素材として有用)。
事件番号: 昭和33(オ)183 / 裁判年月日: 昭和37年6月12日 / 結論: 棄却
遺産相続人が、被相続人の債権者からの強制執行を免れるために、相続財産である不動産につき売買を仮装して、第三者に対する所有権移転登記を経由した場合であつても、右登記が当該第三者の主導的提唱に基づきなされたものであり、当時右不動産につき強制執行を受けるべき差し迫つた具体的危険が認め難いなど、判示事実関係のもとでは、右仮装譲…
事件番号: 昭和26(オ)107 / 裁判年月日: 昭和29年8月20日 / 結論: 破棄差戻
一 甲から不動産を買受けた乙が、丙にその所有権を移転する意思がないに拘らず、甲から丙名義に所有権移転登記を受けることを承認したときは、民法第九四条第二項を類推し、乙は丙が所有権を取得しなかつたことを以て善意の第三者に対抗し得ないものと解すべきである。 二 乙が買受けた不動産につき単に名義上所有権取得の登記を受けたにすぎ…
事件番号: 昭和40(オ)740 / 裁判年月日: 昭和41年7月28日 / 結論: 棄却
一 会社が債権者からの差押をうけるおそれがあつたので、第三者が当該会社の財産管理処分の任にあたつていた取締役と図り、会社所有の不動産につき売買を仮装して、自己の名義に所有権移転登記手続を経由した場合において、やがて会社に対し右不動産の所有名義を返還すべきことを知悉していたなど、判示事実関係のもとでは、第三者は民法第七〇…
事件番号: 昭和45(オ)10 / 裁判年月日: 昭和46年10月28日 / 結論: 棄却
不法の原因により既登記建物を贈与した場合、その引渡をしただけでは、民法七〇八条にいう給付があつたとはいえない。