所得税法に所得推計の規定が置かれる以前においても、信頼しうる調査資料を欠くため所得の実額調査のできない場合に、適当な合理的な推計方法をもつて所得額を算定することは、同法の当然許容していたところと解すべきである。
所得税法に所得推計の明文の置かれた以前における所得推計の適否。
所得税法45条
判旨
課税当局が信頼しうる調査資料を欠くために実額調査が不可能な場合には、明文の規定がなくとも、合理的な推計方法によって所得額を算定することは許容される。これは適正な課税を維持するための当然の事理であり、租税法律主義に違反するものではない。
問題の所在(論点)
所得税法上に推計課税を許容する明文の規定がない場合において、所得標準率等の推計方法を用いて所得額を算定することは、租税法律主義(憲法84条)および当時の所得税法の規定に違反するか。
規範
1. 所得税法上の所得額決定は、常に実額調査の方法によらなければならないものではなく、信頼しうる調査資料を欠くために実額調査ができない場合には、適当かつ合理的な推計の方法をもって算定することが許される。 2. このような推計課税は、資料不足を理由に課税を見合わせることが許されない以上、当然の事理として認められるものであり、明文の規定(当時の所得税法46条の2等)を待たずとも可能である。 3. 合理的な推計方法を採用する限り、租税法律主義(憲法84条)に違反しない。
重要事実
上告人の昭和23年度及び24年度の農業所得の更正にあたり、課税当局は実態調査によらず、所得標準率を用いた推算によって所得金額を決定した。当時の所得税法には所得推計を認める直接の根拠規定が存在しなかったため、上告人は、実額によらない推計課税は当時の所得税法9条1項9号に違背し、かつ憲法84条の租税法律主義に違反するとして、更正決定の取消しを求めた。
事件番号: 昭和37(オ)1259 / 裁判年月日: 昭和38年10月1日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】課税処分における所得金額の推計に関し、被上告人が採用した所得標準率の作成方法が適正である限り、これを用いて農業所得を算出することは、推計の手法として不相当とはいえず適法である。 第1 事案の概要:上告人は農業所得等の金額算出において、被上告人が採用した所得標準率に不服を申し立てた。具体的には、麦の…
あてはめ
1. 所得税法9条1項9号(当時)は、課税標準となる所得額の定義を定めたものであり、その算定方法を実額調査に限定する趣旨ではない。 2. 納税義務者の所得を把握するための十分な資料がない場合、課税を断念することは公平な課税の観点から許されない。したがって、資料不足というやむを得ない事情がある場合には、合理的な推計を用いることは法的に当然に許容される。 3. 本件において使用された所得標準率は、原審が各証拠に基づき妥当なものであると認定しており、その合理性が否定されない限り、推計による更正は適法である。
結論
明文規定の有無にかかわらず、実額調査が困難な場合には合理的な推計課税が認められ、租税法律主義には違反しない。本件更正決定は適法である。
実務上の射程
推計課税の合憲性と法的根拠を肯定した重要判例である。答案上は、租税法律主義の帰結として「実額課税の原則」が導かれる一方で、立証の困難性から「推計課税の必要性と合理性」が認められる場合の論拠として活用する。特に明文規定がない時代でも「当然の事理」として認められた点は、推計課税の本質を語る上で不可欠である。
事件番号: 昭和30(オ)735 / 裁判年月日: 昭和33年6月24日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】推計課税において、特段の事情がない限り仕入品の利益率から売上品の利益率を推定することは合理的であり、課税庁が更正時に使用しなかった資料であっても、それが所得を適正に推計し得るものである限り、更正の正当性を基礎付ける証拠として用いることができる。 第1 事案の概要:上告人は、昭和26年度の所得税につ…
事件番号: 昭和29(オ)64 / 裁判年月日: 昭和31年6月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】課税処分における所得額の算定について、仕入商品に対する利益率を推計により認定すること、および雑損金の有無を原審の判断に委ねることは、法令の解釈に関する重要な主張を含まない適法なものとされる。 第1 事案の概要:上告人は、税務当局による所得算定の基礎となった利益率の推計方法および雑損金の不算入につい…
事件番号: 昭和38(オ)1455 / 裁判年月日: 昭和40年7月6日 / 結論: 棄却
国税局作成に係る商工庶業所得標準率表に掲げた当該年度の所得標準率を適用し、かつ右標準率作成につき考慮外に置かれた特別経費を控除して推計された事業所得金額は、右所得標準率の当該事業に対する適用が具体的に妥当しない事実の証明のないかぎり、一応右事業所得金額とするに足りる真実近似性を保有するものと推定するのを妨げない。
事件番号: 昭和37(オ)1015 / 裁判年月日: 昭和38年12月27日 / 結論: 破棄自判
青色申告の更正の理由として「売上計上洩一九〇、五〇〇円」と記載しただけでは、理由附記として不備であつて、更正は違法である。