時効消滅後の債権による相殺は、相殺適状にあつた時点の債権額の限度でなしうるものであつて、相殺の意思表示の時点における債権額につき対当額で相殺されると解すべきではない。
時効消滅後の債権による相殺と相殺を主張しうる債権額確定の時点。
民法508条,民法145条
判旨
消滅時効が完成した債権を自動債権として相殺する場合、相殺の効力は時効完成時点ではなく、両債権が相殺適状にあった時点に遡って生じ、その限度において対当額で消滅する。
問題の所在(論点)
消滅時効が完成した債権を自動債権として相殺する場合(民法508条)、どの時点の債権額を基準として対当額で消滅するか。時効完成前の相殺適状時点か、あるいは時効援用・相殺意思表示の時点かが問題となる。
規範
民法508条(旧508条)の趣旨は、時効完成前に相殺適状にあった債権者に対し、相殺への期待を保護することにある。したがって、時効完成後の相殺であっても、その効力は両債権が「相殺適状にあった限度」において認められるべきであり、相殺の意思表示時点の債権額ではなく、時効消滅以前において相殺適状にあった時点を基準として対当額で消滅する。
重要事実
上告人(被告)は、被上告人(原告)から賃料等の支払を求められた。これに対し、上告人は、被上告人に対して有していた不法行為に基づく損害賠償債権を自動債権として相殺を主張した。しかし、当該損害賠償債権は既に消滅時効が完成していた。原審は、当該債権が消滅する以前に賃料等債権と相殺適状にあった限度で相殺を認めたが、上告人は相殺の意思表示をした時点の債権額で対当額の相殺がなされるべきであると主張して上告した。
あてはめ
上告人の不法行為に基づく損害賠償債権は時効により消滅しているが、民法508条の適用により、右消滅以前において被上告人の賃料等債権と相殺適状にあった事実は認められる。上告人は、時効援用時まで債権は有効に存続するため相殺時点の額で計算すべきと主張するが、同条は「相殺適状にあったとき」の決済を認める規定である。したがって、相殺適状にあった時点を基準に、賃料等債権の額(22万8514円)と損害賠償債権が対当額で消滅したものと解するのが相当である。
結論
時効完成債権による相殺の効力は、消滅以前において相殺適状にあった限度において認められる。したがって、原審が相殺を認めた判断は正当であり、上告を棄却する。
実務上の射程
民法508条の解釈として、時効完成後の相殺における「基準時」を明確にした。答案上、時効完成債権を用いた相殺が論点となる場合、508条を根拠に『相殺適状時』への遡及効を指摘し、利息や遅延損害金の計算等の基準を特定する際に用いるべき射程の広い判例である。
事件番号: 昭和35(オ)1149 / 裁判年月日: 昭和37年6月8日 / 結論: 棄却
正当事由に基づく家屋受渡請求事件において、被告(賃借人)先代が賃料につき提供も供託もしていないことをもつて、他人の家屋を使用する者として信義に反する旨の主張が原告(賃貸人)によつてなされ、被告が右事実を認めたが、右賃料についてはその後被告はこれを供託した旨陳述し、これに対し原告がその点を争わないと述べているときは、原告…