証拠の一部排斥とこれを判示することの要否
判旨
不法行為に基づく損害賠償請求において、加害行為の態様、被害の程度、および加害に至る経緯等の諸事情を総合して事案を認定し、治療費等の実損害の賠償を認めることは適法である。
問題の所在(論点)
突発的な暴行により生じた傷害について、治療費等の損害賠償請求が認められるか。また、証拠の一部を採用し一部を排斥する際の事実認定の手法として、判文上の明示が必要か。
規範
不法行為(民法709条)の成立には、加害者の故意または過失、権利侵害、損害の発生、および加害行為と損害との間の因果関係が必要である。事実認定においては、証拠全体の趣旨から認定事実と反する部分を排斥したことが了知できれば足り、必ずしも判文上で排斥の旨を明示する必要はない。
重要事実
債務者Dの負債整理のため、債権者らが集まり動産の任意競売を行った。終了後の飲酒の席で、被控訴人を会計係に選任する提案が出されたが、世話人である控訴人が反対を表明した。これに激昂した被控訴人は、酒気の影響もあり、座っていた控訴人の頭髪を掴みながら頭部や顔面を数回殴打した。その結果、控訴人は全治約1か月の歯根破折等の傷害を負い、治療費2,500円を支出した。
あてはめ
被控訴人は、単なる意見の対立に対し、一方的に激昂して控訴人の頭髪を掴み殴打するという暴行に及んでおり、違法な加害行為が認められる。この暴行により控訴人は治療1か月を要する重傷(歯根破折等)を負っており、身体への権利侵害および損害が発生している。証拠の取捨選択については、乙第3号証のどの部分を採用し排斥したかが判文上了解可能であれば、不法行為の認定に違法はない。
結論
被控訴人の不法行為が成立し、控訴人の被った傷害の治療費等の支払義務を負う。本件上告は棄却される。
実務上の射程
不法行為の事実認定における自由心証主義の限界と、証拠説明の程度を示した事例である。答案作成上は、加害行為の態様(無抵抗な相手への暴行等)や被害結果(治療期間や傷病名)を具体的に摘示し、相当因果関係の範囲で損害を認定する際の基礎的な論理構成として活用できる。
事件番号: 昭和36(オ)1050 / 裁判年月日: 昭和38年8月30日 / 結論: 棄却
不法行為による肉体的精神的苦痛に対する慰藉料請求を理由あらしめる事実として、当事者の主張しない「左耳が遠くなり」「時々腰痛がある」との事実も認定したからといつて、当事者の申し立てざる事項に付き判決したことには当らない。