代金債務の僅少部分の不履行をもつて売買契約全部の解除をしたことが信義則に反しないとされた事例。
民法541条,民法1条
判旨
金銭の価値が経済的情勢の変化により相対的に増大したとしても、債務者が履行を怠った金額自体の価値も同様に増大している以上、当該債務不履行に基づく契約解除は信義則に反しない。
問題の所在(論点)
債務者が履行を怠った金額が、経済情勢の変化(新円の価値増大)により実質的に貴重なものとなっていた場合、その不履行を理由とする契約解除は信義則に違反するか。
規範
契約の解除権の行使が信義則(民法1条2項)に反して許されないとされるためには、債務不履行の態様や履行をめぐる諸般の事情に照らし、解除権を認めることが著しく正義に反すると認められる特段の事情が必要である。
重要事実
上告人(債務者)は、相手方との契約において金2,943円の支払債務を負っていたが、その履行を怠った。当時、金融緊急措置令等により、いわゆる「新円」の実質価値が封鎖預金等に比して極めて高まっていたという経済的背景があった。上告人は、このような貨幣価値の変動を理由に、相手方による本件契約解除は信義則に反し違法であると主張した。
あてはめ
上告人が主張するように、金融措置令等によって新円の実質価値が極めて貴重になっていたとしても、上告人が履行を怠った「金2,943円」という金銭自体も、債権者にとっては等しく貴重な価値を持つものといえる。債務者が貴重な金員の履行を怠った事実に変わりはなく、むしろ債権者がその受領を期待する正当性は高まっている。したがって、解除権の行使を信義則違反とする根拠は認められず、かえって原審の判断を正当化する事情といえる。
結論
本件契約解除は信義則に違反せず、適法である。
実務上の射程
極端なインフレや貨幣改革等の経済的激変を理由とした信義則(事情変更の原則的側面)による解除制限は、金銭債務においては極めて限定的にしか認められないことを示唆する。答案上は、催告解除の有効性を争う場面で、債務不履行に至った事情が信義則違反を構成するかを検討する際の否定的な一例として引用できる。
事件番号: 昭和30(オ)11 / 裁判年月日: 昭和35年9月1日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】貨幣価値に著しい変動が生じた場合であっても、契約上の債権額が当然に修正されることはなく、当初の約定通りの金額による買戻権の行使は適法である。 第1 事案の概要:昭和17年9月に不動産の売買契約が成立し、買戻しの特約が付された。その後、昭和27年9月に被上告人が上告人に対して買戻しの意思表示を行った…
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事件番号: 昭和33(オ)76 / 裁判年月日: 昭和35年5月27日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】売買契約において残代金の支払期日を徒過した際に「当然に契約解除となる」旨の約款が存在する場合であっても、特段の事情がない限り、直ちに無催告で解除の効果が発生するものではないと解するのが相当である。 第1 事案の概要:本件では、売買契約の当事者間で残代金の支払期日が定められ、当該期日を徒過した場合に…
事件番号: 昭和33(オ)596 / 裁判年月日: 昭和35年10月4日 / 結論: 棄却
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