判旨
貨幣価値に著しい変動が生じた場合であっても、契約上の債権額が当然に修正されることはなく、当初の約定通りの金額による買戻権の行使は適法である。
問題の所在(論点)
買戻権の行使(民法579条)に際し、契約成立後の著しい貨幣価値の変動を理由に、信義則(民法1条2項)に基づいて支払うべき金額を増額修正することができるか。
規範
契約成立後に社会経済情勢の変遷により貨幣価値に著しい変動が生じたとしても、そのことのみで契約上の債権額が当然に修正されると解すべき現行法上の根拠は存在しない(名目額主義)。また、信義則(民法1条2項)を根拠に債権額の増額を認めることも、原則として否定される。
重要事実
昭和17年9月に不動産の売買契約が成立し、買戻しの特約が付された。その後、昭和27年9月に被上告人が上告人に対して買戻しの意思表示を行ったが、この10年間の間に貨幣価値が著しく変動していた。被上告人は当初の契約に従った金額を弁済供託して買戻権を行使したが、上告人は貨幣価値の変動を理由に、当初の債権額での買戻しは無効である旨を主張して争った。
あてはめ
本件において、昭和17年から昭和27年までの間に貨幣価値に著しい変動があった事実は顕著である。しかし、わが国の私法体系においては名目額主義が原則であり、特段の合意がない限り、物価の変動によって債権額が自動的に増減することはない。被上告人が当初の契約額に従って弁済供託を行ったことは、法律上の根拠に基づく適法な権利行使であり、貨幣価値の変動という一事をもってこれが否定されるべき理由はない。したがって、民法1条や579条の解釈として、債権額の修正を認めなかった原判決の判断は正当である。
結論
貨幣価値の変動のみを理由に債権額は修正されず、当初の約定額による弁済供託に基づく買戻しの意思表示は有効である。
事件番号: 昭和30(オ)812 / 裁判年月日: 昭和32年9月17日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】極めて安価な売買価格であっても、競売を回避し連帯保証人への累及を防ぐ等の特段の事情がある場合には、当該売買契約の成立を認めることが経験則に反するとはいえない。 第1 事案の概要:上告人は、D相互銀行に対する債務担保のため、本件建物に抵当権を設定していたが、競売開始決定がなされた。上告人は、競売によ…
実務上の射程
事情変更の原則の適用を極めて限定的に解する「名目額主義」の代表的な判例である。司法試験においては、金銭債務の履行や事情変更の原則を論じる際、単なるインフレやデフレだけでは契約の拘束力は免れないことを示す根拠として活用できる。ただし、公序良俗に反するような極端な不均衡がある場合の例外については、本判決の射程外として別途検討を要する。
事件番号: 昭和30(オ)571 / 裁判年月日: 昭和32年4月5日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不動産の譲受人が譲渡人に対し「借金を返せば戻してやる」と述べ、譲渡人も「将来取り戻せばよい」と考えていたとしても、それが直ちに法律上の効果を生じさせる合意(契約の内容)になるとは限らない。 第1 事案の概要:上告人と被上告人Bとの間で本件不動産譲渡契約が締結された際、被上告人Bは上告人に対し「借金…
事件番号: 昭和36(オ)11 / 裁判年月日: 昭和38年10月1日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】金銭の価値が経済的情勢の変化により相対的に増大したとしても、債務者が履行を怠った金額自体の価値も同様に増大している以上、当該債務不履行に基づく契約解除は信義則に反しない。 第1 事案の概要:上告人(債務者)は、相手方との契約において金2,943円の支払債務を負っていたが、その履行を怠った。当時、金…
事件番号: 昭和33(オ)56 / 裁判年月日: 昭和35年4月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】融資の担保として不動産を売り渡し、一定期間内に代金を支払えば物件を取り戻せるという「買戻約款付売買契約」の形式による譲渡担保を設定することは、民法579条以下の規定に基づく有効な契約方法である。 第1 事案の概要:上告会社は、被上告人から200万円の融資を受けるに際し、本件建物を担保とするため、一…
事件番号: 昭和31(オ)773 / 裁判年月日: 昭和33年4月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法579条の要件を満たさない買戻しの特約であっても、公序良俗に反する等の事情がない限り、契約自由の原則に基づき有効である。また、事情変更の原則の適用には、当初の契約を維持することが信義則に著しく反するほどの重大な事情の変更が必要である。 第1 事案の概要:被上告人(売主)は、昭和20年4月19日…