判旨
裁判所は、当事者が提出した準備書面であっても、口頭弁論で陳述されない限り判断の対象とする必要はない。また、既になされている主張に加えて別の積極否認を重ねて主張することが、事案判断に重要な事項でない場合には、釈明権を行使してその陳述を促す義務はない。
問題の所在(論点)
口頭弁論において陳述されていない準備書面の内容を判断しなかったことに違法があるか。また、新たな積極否認を含む準備書面が提出されている場合に、裁判所は釈明権を行使してこれを陳述させるべき義務を負うか(民訴法149条)。
規範
1. 口頭弁論(民訴法161条以下)の原則によれば、裁判所は口頭弁論において実際に陳述された事実のみを判決の基礎とすべきであり、準備書面の提出があったとしても、それが適法に陳述されない限り、判断を遺脱したことにはならない。 2. 裁判所の釈明権(民訴法149条1項)は、事案の解明に資する範囲で行使されるべきものであり、既に積極否認の主張がなされている場合に、さらに重畳的な積極否認を陳述させる必要性が低いときは、釈明不全の違法は存しない。
重要事実
上告人は原審において、本件建物がDからE・F・Gの3名に贈与された共有物である旨を記載した準備書面を提出していた。しかし、原審の口頭弁論調書によれば、当該書面が陳述された事跡はなかった。また、上告人は既に、被上告人の所有権取得に対し、Dの死亡により養女Hが所有権を取得したという相続による積極否認を主張していた。原審が共有の主張を判断せず、また陳述を促す釈明もしなかったことに対し、上告人が理由不備および釈明不全の違法を主張して上告した。
あてはめ
1. 記録によれば、共有に関する主張を含む書面は口頭弁論において陳述された形跡がない。したがって、原審がこの主張に判断を示さなかったことは当然であり、手続上の違法はない。 2. 上告人は、被上告人の単独所有権取得を否定するために、既に「Hの相続」という積極否認を行っている。これに加えて「Eら3名の共有」という別の理由による積極否認をさらに主張させることは、事案判断において重要な事項とは考えられない。したがって、裁判所が当該準備書面の陳述を促すべく釈明権を行使しなかったとしても、釈明義務違反(審理不尽)の違法はないというべきである。
結論
本件上告を棄却する。原審に判断遺脱や釈明不全の違法は認められない。
実務上の射程
準備書面の提出と陳述の区別という口頭弁論の基本原則を確認した判例である。答案上は、釈明権の限界として「主張の重複・重要性」を考慮する際や、口頭弁論の原則を徹底する文脈で引用可能。特に、既に十分な防御活動がなされている場合には、裁判所の釈明義務が限定されることを示す材料となる。
事件番号: 昭和35(オ)1149 / 裁判年月日: 昭和37年6月8日 / 結論: 棄却
正当事由に基づく家屋受渡請求事件において、被告(賃借人)先代が賃料につき提供も供託もしていないことをもつて、他人の家屋を使用する者として信義に反する旨の主張が原告(賃貸人)によつてなされ、被告が右事実を認めたが、右賃料についてはその後被告はこれを供託した旨陳述し、これに対し原告がその点を争わないと述べているときは、原告…