判旨
裁判所が自由な心証に基づき、当事者本人の供述の一部と書証の内容が矛盾する場合であっても、他の供述部分を信用して事実認定を行うことは適法である。
問題の所在(論点)
当事者本人の供述内容が提出された書証と一部矛盾する場合において、裁判所が当該供述の他の部分を信用して事実を認定することが自由心証主義の範疇として許容されるか。
規範
裁判所は、自由な心証(民事訴訟法247条)に基づき、証拠の取捨選択および事実の認定を行う。当事者本人の供述の一部が他の証拠(書証等)と相容れない場合であっても、そのことのみから直ちに当該供述の全部分が信用できないと断定されるものではなく、他の証拠関係と照らして合理的な範囲で一部を信用し、事実を認定することは裁判所の裁量に属する。
重要事実
上告人は、被上告人の原審における本人尋問の結果が書証(甲第1号証)の記載内容と矛盾する部分があることを理由に、被上告人の供述全体の信用性を否定すべきであると主張した。原審は、当該供述の一部に書証と相容れない趣旨に近い部分があることを認めつつも、その他の供述部分の信用性を否定せず、公正証書が現実の債権に基づき適法に作成されたものと認定した。
あてはめ
本件において、被上告人の本人尋問の結果には書証(甲第1号証)と相容れない部分が含まれていたが、それは供述の一部にとどまる。裁判所は、証拠に対する自由な心証に基づき、供述全体を排斥することなく、他の証拠と総合して公正証書が適法に作成された事実に係る判断を行っている。これは証拠の取捨選択に関する原審の専権事項であり、経験則や論理則に反するような特段の事情は認められない。
結論
被上告人の供述の一部と書証が矛盾する場合であっても、直ちに供述全体の信用性を否定すべき理由はなく、原審の事実認定に違法はない。上告棄却。
実務上の射程
自由心証主義における証拠の取捨選択の広範な裁量を裏付ける判例である。答案上は、供述の「一部」に虚偽や矛盾がある場合に直ちに「全部」を排斥すべきという主張(いわゆる「一事が万事」の論理)を否定し、裁判所の個別具体的な評価を尊重する文脈で使用できる。
事件番号: 昭和33(オ)936 / 裁判年月日: 昭和35年2月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】証人の証言に意見を述べるような部分が含まれていたとしても、それが証人の経験した事実に根ざすものであるならば、これを証拠として採用し、判示事実を認定することは採証法則に違反しない。 第1 事案の概要:上告人は、原審が採用した証人の証言の中に「意見をいうような部分」が含まれていることを指摘し、そのよう…