公正証書には、昭和六一年二月一三日に二〇〇〇万円を貸し付けたと記載されているが、実際には、同年二月五日から三月一九日まで(二月一三日を除く。)の間に七回にわたり合計七七八万円余の消費貸借、準消費貸借契約を締結し、公正証書作成日である三月二二日ころ債権者が債務者に対し、右各債権を含め将来二〇〇〇万円の限度で逐次貸し付ける旨を約したものであるなど判示の事実関係の下においては、公正証書に記載された債権と真実の債権との間に客観的な同一性を認めることができず、公正証書は債務名義としての効力を有しない。
記載内容が事実に合致しないため公正証書が無効とされた事例
民事執行法22条
判旨
強制執行の債務名義となる公正証書は、記載された発生原因事実が真実と多少相違しても債権の同一性が認識できる限り有効だが、契約日や金額が全く一致せず客観的同一性が認められない場合には、債務名義としての効力を有しない。
問題の所在(論点)
執行証書(民事執行法22条5号)において、記載された債権の発生原因事実が真実の債権と異なる場合、どの程度の相違であれば債務名義としての効力が認められるか、その有効性の判断基準(同一性)が問題となる。
規範
公正証書に記載された債権の発生原因事実が真実の事実と多少一致しない点があっても、その記載により債権の同一性が認識できる場合は、その公正証書は真実の債権と一致する部分に限り、債務名義としての効力を有する。しかし、公正証書の記載内容と真実の債権との間に客観的な同一性を認めることができない場合には、当該公正証書は債務名義としての効力を有しない。
重要事実
被上告人は、債務者Dとの間で、既往の貸付債権(約283万円)および準消費貸借債権(495万円)を目的とし、さらに将来2000万円を限度に逐次貸し付ける合意をした。これに基づき作成された本件公正証書には、「昭和61年2月13日に2000万円を貸し付けた」旨が記載された。しかし、実際には合意された既往債権の合計額や貸付日は、公正証書の記載内容(金額2000万円、貸付日2月13日)と全く一致していなかった。上告人は、配当手続において本件公正証書の債務名義としての有効性を争い、配当異議の訴えを提起した。
あてはめ
本件公正証書に記載された「昭和61年2月13日に2000万円を貸し付けた」という発生原因事実は、真実存在した「既往の約283万円の貸付け」および「495万円の準消費貸借」の事実と、契約日および金額の点で全く一致しない。これらを一口の債権に取りまとめたと理解しても、金額等の乖離が著しい。また、将来の貸付合意とも内容が合致しない。したがって、記載内容と真実の債権との間に客観的な同一性を認めることはできないため、本件公正証書は有効な債務名義とはいえない。
結論
本件公正証書は債務名義として無効であり、これに基づく配当は認められない。上告人の配当異議の訴えは正当として認容される。
実務上の射程
実務上、債務名義の適格性を判断する「同一性」の基準を厳格に解した事例である。多少の誤記や評価の相違は許容される余地があるが、本案のように日付や金額といった債権の特定に不可欠な要素が根本的に異なる場合には、執行の公定力を支える債務名義としての有効性が否定される。答案上は、執行証書の有効性が争われる場面で、本判例の「客観的同一性」の枠組みを用いるべきである。
事件番号: 昭和27(オ)1250 / 裁判年月日: 昭和29年12月7日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】既判力のない公正証書が債務名義である場合、債務者異議の訴え等において、当該証書に記載された債権の不成立を主張して争うことができる。 第1 事案の概要:債権者は、執行証書(公正証書)を債務名義として強制執行を試みた。これに対し、債務者側が当該公正証書に記載された債権の不成立を主張して争った事案である…