判旨
賃借人は賃貸借存続中、敷金の存在を理由に延滞賃料の支払を拒むことはできず、敷金額を控除してもなお多額の賃料滞納がある場合には、賃貸借の解除は権利の濫用とはならない。
問題の所在(論点)
賃料滞納を理由とする賃貸借契約の解除において、賃借人は敷金の充当を主張して支払を拒めるか。また、敷金の存在を考慮して、数年間に及ぶ賃料滞納に基づく解除が権利の濫用となるか。
規範
賃貸借契約の存続中において、賃借人は敷金が差し入れられていることを理由に、賃貸人からの延滞賃料の支払請求を拒絶することはできない。また、賃料延滞を理由とする解除が権利の濫用にあたるか否かは、敷金額を控除した後の残債務の程度や滞納期間等の諸般の事情を考慮して判断すべきである。
重要事実
賃借人(上告人)は、昭和28年7月から昭和31年8月までの38ヶ月分、合計5万7000円の賃料を滞納した。賃貸人(被上告人)は、昭和31年9月14日に延滞賃料全額の支払を催告し、賃貸借契約の解除を主張した。これに対し賃借人は、3万5000円の敷金を差し入れていることから、賃料延滞は軽微であり、解除は権利の濫用であると主張して争った。
あてはめ
本件では、催告時において合計5万7000円(38ヶ月分)の賃料が未払であった。仮に賃借人が主張するように敷金3万5000円を差し引いたとしても、なお2万2000円(14ヶ月分強)という多額の滞納が残る。これほど長期かつ多額の債務不履行がある以上、賃借人の賃料延滞が軽微であるとは到底いえない。したがって、信頼関係が破壊されているものと解され、賃貸人による解除権の行使を不当とする事情は認められない。
結論
賃借人は敷金の存在を理由に賃料の支払を拒めず、敷金額を上回る多額の滞納がある本件解除は権利の濫用にはあたらない。したがって、本件解除は有効である。
実務上の射程
敷金の充当指定権が賃貸人のみにあること(民法622条の2第2項後段参照)を前提に、賃借人側からの「敷金があるから未払ではない」という抗弁を封じる際に使用する。また、信頼関係破壊の有無を判断する際、敷金控除後の残額でもなお滞納が著しい場合には、解除の正当性が強く肯定されるという論理展開に有用である。
事件番号: 昭和31(オ)721 / 裁判年月日: 昭和35年1月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】賃借人が必要費・有益費の償還請求権(民法608条)を自働債権として、賃料債務と対当額で相殺し、債務不履行責任を免れるためには、支出の事実のみならず、その性質(必要費か有益費か)や価格の増加の現存について具体的な立証を要する。 第1 事案の概要:賃借人(上告人)が建物の賃料を不払いとしたことに対し、…