判旨
他人の氏名(称呼)を取引上慣用している者が、その他人の名義で約束手形を振り出した場合、その称呼と同一氏名の他人が実在するか否かにかかわらず、振出人本人が手形債務を負担する。
問題の所在(論点)
取引上慣用している他人の氏名(称呼)を用いて約束手形を振り出した場合、振出人は手形債務を負担するか。また、その氏名と同一の他人が実在することは、債務の成否に影響を及ぼすか。
規範
手形法上の署名(約束手形においては同法75条2号参照)は、必ずしも戸籍上の氏名であることを要せず、振出人が取引上慣用している称呼をもってなされた場合でも有効である。かかる場合、振出人と同一氏名を有する他人が実在するか否かにかかわらず、当該称呼を冒用して手形を振り出した者自身が振出人として手形債務を負担すべきである。
重要事実
上告人は、被上告会社との間で証券の委託売買取引を行っていた。その際、上告人は「D」または「A」という他人の氏名を名義として取引を継続しており、これらの称呼を取引上慣用していた。上告人は、当該取引から生じた負債(取引尻負債)を支払うために、「A」という名義を用いて本件約束手形を振り出した。
あてはめ
上告人は、被上告会社との取引において「A」という氏名を継続的に使用しており、これは取引上の称呼として確立していたといえる。上告人は、この慣用する称呼を用いて本件約束手形を振り出している。このような場合、受領者はその称呼を使用している本人(上告人)が債務を負担することを期待するのが通常である。したがって、上告人が「A」という氏名と同一の他人が実在することを理由に責任を否定したとしても、署名の有効性は否定されず、上告人自身が振出人として評価されるべきである。
結論
上告人は、取引上慣用する他人の氏名で手形を振り出した以上、振出人として手形債務を負担する。
実務上の射程
記名押印に代わる署名(手形法82条1項等)の有効性に関する判断である。いわゆる「他人名義による手形行為」のうち、本人がその他人の氏名を自己の称呼として使用(慣用)している場合には、代理法理や冒用法理を待つまでもなく、署名自体の有効性により本人に効果が帰属することを示す。司法試験では、手形債務の帰属が問題となる場面で、本人の属性や取引の実態を検討する際の根拠として活用できる。
事件番号: 昭和32(オ)1221 / 裁判年月日: 昭和33年9月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】手形行為の代理において、代理人が本人の承諾を得て本人の氏名を記載し、本人から交付を受けた実印を押捺する形式(署名代理)によっても、有効に手形債務が成立する。 第1 事案の概要:債務者Dは、被上告金庫からの借入金30万円の返済確保のため約束手形を振り出した。その際、上告人(Aおよび他1名)は手形保証…