甲を代表取締役とする会社が手形取引停止処分を受けたため、甲が実兄乙名義で銀行の当座取引口座を設け、その後、半年間に多数回にわたり乙名義を使用して約束手形を振り出しており、乙が経済的な信用や実績のない者であるなど判示の事情のもとにおいては、甲は、右約束手形の振出人として責任を負う。
他人名義で約束手形を振り出した者に手形振出人としての責任が認められた事例
手形法75条
判旨
実質上の振出人が他人名義を自己を表示する名称として使用した場合、その手形署名は振出人自身の署名と解され、振出人本人が手形債務を負担する。
問題の所在(論点)
手形法上の署名に関し、行為者が他人の氏名を冒用あるいは借用して手形を振り出した場合、誰が振出人として手形債務を負うか。特に、他人の氏名を「自己を表示する名称」として使用した場合の責任主体が問題となる。
規範
ある者が他人の氏名を「自己を表示する名称」として使用して手形を振り出した場合、その署名は当該行為者自身の署名とみるべきであり、行為者本人が振出人として手形上の責任を負う。
重要事実
訴外Dは、代表を務める会社が手形取引停止処分を受けたため、実兄であるHの名義で当座取引口座を開設した。Hは経済的信用や実績のない人物であったが、DはHの死亡までの間、多数回にわたりH名義で手形を振り出しており、本件約束手形もその一環として振り出されたものであった。
あてはめ
Dは取引停止処分を免れる目的で、あえて経済的信用のない実兄Hの名義を借りて継続的に手形を振り出している。この事実関係によれば、DはHの名義を「自己を表示する名称」として使用したものと認められる。したがって、本件約束手形へのH名義の署名は、実質的にはD自身の署名と同視できる。
結論
Dは本件約束手形の振出人として、手形金の支払義務を負う。
実務上の射程
本判決は「名称借用」の事例において、名義人ではなく行為者本人に責任を帰属させる枠組みを示している。答案上は、署名の有効性と責任の所在を論ずる際、行為者がその名称を「自己を表示するもの」として用いたか否かという主観的・客観的態様から、行為者自身の署名といえるかを検討する際に活用する。
事件番号: 昭和32(オ)514 / 裁判年月日: 昭和35年2月23日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】手形行為者が手形に記載する氏名または商号として、自己の通称、雅号のみならず、取引上慣用する他人の名称を使用することも妨げられない。 第1 事案の概要:上告人(被告)に対し、被上告人(原告)が手形金の支払を求めた事案。当該手形の最後の裏書人として、被上告人の氏名ではなく「D」という名称が記載されてい…