民法二三四条一項の規定に違背して建物を築造しようとする者が、建築着手の時から一年以内であって建物が完成しない間に、隣地所有者から工事中止の要請を受け、更に裁判所の建築工事続行禁止の仮処分決定を受けたにもかかわらず、あえて建築を続行してこれを完成させた場合には、隣地所有者のする右違反建築部分の収去請求は、右建築者において高額の収去費用等の負担を強いられることがあるとしても、権利の濫用に当たらない。
民法二三四条一項の規定に違背して建築された建物部分の収去請求が権利濫用に当たらないとされた事例
民法1条3項,民法234条
判旨
民法234条の境界距離規制に違反した建築物の収去請求は、建築主が工事中止の要請や仮処分決定を無視して建築を強行した場合には、多額の収去費用を要するとしても権利の濫用には当たらない。
問題の所在(論点)
民法234条1項違反の建物の収去請求(同条2項)が、建築後の収去費用の甚大さや周辺の建築状況に照らし、権利の濫用(1条3項)として制限されるか。
規範
民法234条1項の規定に違反して建物を築造しようとする者に対し、隣地所有者は同条2項に基づき、建築着手から1年以内かつ完成前であればその廃止・変更を請求できる。この期間内に中止要請や裁判所の仮処分決定を受けたにもかかわらず、あえて建築を強行して完成させた者は、将来の廃止・変更請求を受ける危険を自ら負担したといえる。したがって、隣地所有者による収去請求は、建築者に高額の費用負担を強いるとしても、原則として権利の濫用(1条3項)には当たらない。
重要事実
隣地所有者である上告人A2は、被上告人が境界線から50cm以内の場所に建物の基礎工事を開始した直後、距離の保持を要請し、工事中止の申入れを行った。さらに裁判所から建築工事続行禁止の仮処分決定が出されたが、被上告人はこれらをすべて無視して工事を続行し、本件建物を完成させた。本件建物は境界から18.5cm〜38cmの距離に位置している。なお、A2自身も境界線から50cmの距離を保たずに建物を所有していた事実があった(上告人A1の請求部分)。
事件番号: 昭和32(オ)839 / 裁判年月日: 昭和34年5月29日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】本件は、権利の行使が権利の濫用にあたるか否かが争われた事案であるが、最高裁は原審の確定した事実関係に基づき、権利の濫用にはあたらないと判示して上告を棄却した。 第1 事案の概要:本件の具体的な事案の内容や、権利行使の態様に関する重要事実は、提供された判決文からは不明である。原審において何らかの権利…
あてはめ
被上告人は、建築着手直後からA2より度重なる中止要請を受け、さらに裁判所の仮処分決定という公的な法的強制を伴う判断さえ無視して建築を強行した。この経緯に照らせば、被上告人は自ら収去請求を受ける危険を招いたものと解される。原審が指摘する「周囲に距離規制を遵守していない建物がある」「土地が駐車場として利用されている」「収去費用が高額である」といった事情は、本件のような強行建築の経緯がある以上、権利の濫用を肯定すべき特段の事情には当たらない。自らの違法な強行により生じた多額の費用負担は自業自得であり、A2の請求を不利に扱う理由にはならないといえる。
結論
被上告人による建築強行という経緯に照らし、上告人A2による建築物の収去請求は権利の濫用には当たらず、正当な権利行使として認められる。
実務上の射程
境界距離制限(234条)違反の救済策としての収去請求の可否を論じる際の最重要判例。権利の濫用が検討される局面において、建築主側の主観的態様(注意・警告・仮処分の無視)を重視し、経済的損失の大きさを排斥する判断枠組みとして活用できる。なお、自身も境界距離を守っていない場合の請求については信義則(1条2項)で否定される可能性も示唆している(上告人A1の棄却部分)。
事件番号: 昭和58(オ)1413 / 裁判年月日: 平成元年9月19日 / 結論: 破棄自判
建築基準法六五条所定の建築物の建築には、民法二三四条一項は適用されない。
事件番号: 昭和33(オ)279 / 裁判年月日: 昭和33年7月11日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不動産の明渡請求が権利の濫用(民法1条3項)に当たるか否かは、当該請求を認めることが社会通念上著しく正当性を欠くといえるか等の事実関係を総合考慮して判断すべきである。 第1 事案の概要:上告人(被告)に対し、被上告人(原告)が本件建物の明渡しを求めた事案である。原審において認定された事実関係の詳細…
事件番号: 昭和32(オ)659 / 裁判年月日: 昭和33年5月16日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】権利の行使が権利の濫用に該当するか否かは、確定された事実関係に基づき、客観的・総合的な諸事情を照らして判断される。本件においては、原審の認定した事実の範囲内では権利の濫用とは認められないと判断された。 第1 事案の概要:上告人らは、被上告人による本訴請求が権利の濫用にあたると主張して争った。原審は…
事件番号: 昭和33(オ)1024 / 裁判年月日: 昭和35年9月9日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】土地所有者が土地の使用を容認していたとはいえない状況において、当該土地の明渡し等を求める請求は、特段の事情がない限り権利の濫用(民法1条3項)には当たらない。 第1 事案の概要:上告人(被告)が本件土地を使用していたところ、被上告人ら(原告)が土地所有権に基づき本訴請求(明渡し等)を提起した。上告…