船舶所有者がその被用者である船長の加害行為により被つた損害につき船長に対してする損害の賠償又は求償の請求についても、信義則を適用しこれを制限することを妨げない。
船舶所有者が被用者である船長に対しその加害行為により被つた損害についてする賠償又は求償の請求と信義則に基づくその制限
民法1条2項,民法709条,民法715条3項,商法705条1項
判旨
使用者が被用者の加害行為により損害を被った場合、事業の性格や加害行為の態様等の諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度で、被用者への賠償・求償請求を制限できる。この理は、船員の特別の義務(船員法8条等)や責任規定(商法705条1項等)がある場合でも、当然には妨げられない。
問題の所在(論点)
使用者が、被用者の業務上の過失によって生じた損害について賠償・求償を請求する場合、信義則に基づきその請求額を制限できるか。また、被用者が特別の注意義務を負う「船長」である場合、その制限は否定されるか。
規範
使用者が被用者の加害行為により損害を被り、または第三者への賠償義務を履行して損害を被った場合、被用者に対する賠償または求償の請求は、①使用者の事業の性格・規模、②被用者の業務内容・労働条件・勤務態度、③加害行為の態様、④使用者の予防措置の程度、その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、制限を加えることができる。この判断枠組みは、船員法上の義務や商法上の損害賠償責任規定が存在する場合であっても適用される。
重要事実
船舶所有者(上告人)は、砂利運搬用の木造船に、未経験かつ他業者が拒否した生コンの海上運搬を、採算重視で船長(被上告人)に指示した。本件船舶には荷止め板の設備がなく、クレーン士が過積載の危険性を指摘したものの、船長が50立方メートルの積載が可能との意見を述べたため、上告人はこれを採用して強行させた。運航中、生コンの片寄りにより船体が傾斜し、クレーンの故障も重なって船舶が沈没。上告人は船長に対し、沈没による損害賠償を請求した。なお、船長の給与はクレーン士より低額であり、指揮監督権限も実質的に乏しかった。
あてはめ
本件では、船舶所有者が危険性を認識しつつ採算を優先して、設備不備のある船舶での運搬を指示しており、事故発生の主たる要因は使用者の経営判断にある(要素④)。また、被上告人は形式的には船長であるが、指揮監督実体は乏しく、給与も低額であったことから、被用者に全損害を負担させるのは酷である(要素②)。他方で、被上告人が不適切な積載量を提案した点には過失がある(要素③)。これらの事情を総合し、損害の公平な分担の観点から、請求を損害額の2割に制限した原審の判断は相当である。船員法上の義務等の存在は、かかる信義則による制限を直ちに排除するものではない。
結論
被用者(船長)に対する賠償・求償請求は、信義則上、損害額の2割の範囲に制限される。
実務上の射程
被用者の責任制限(茨城運送事件判決の踏襲)が、船長のような法的な特別の義務・責任を負う職種であっても同様に妥当することを確認した。答案上は、不法行為(709条)や債務不履行(415条)に基づく求償・賠償請求の場面で、過失相殺(722条2項、418条)の法理と並んで、信義則(1条2項)に基づく責任制限の根拠として引用する。
事件番号: 昭和62(オ)1047 / 裁判年月日: 平成2年11月8日 / 結論: 棄却
運航委託契約により船舶の運航を受託した者が、船舶を自己の業務の中に一体的に従属させ、船内事故の被害者で直接の契約関係にない船長に対し指揮監督権を行使する立場にあり、船長かち実質的に労務の供給を受けていたという事実関係の下においては、右受託者は、船長に対し信義則上の安全配慮義務を負う。