新築されたビルに隣接する家屋の所有者が、将来いわゆるビル風により右家屋に被害を生ずるおそれがあるとして、これを予防するための工事を施したとしても、右工事を施さざるをえない特段の事情のない限り、右工事のために費用を出捐したことをもつて、右ビルの設置又は保存の瑕疵によつて損害を生じたものということはできない。
新築されたビルに隣接する家屋の所有者がいわゆるビル風による被害発生を予防するための工事に要した費用の出捐と民法七一七条の損害発生の有無
民法717条
判旨
土地の工作物(マンション)から発生する「ビル風」により損害が生じた場合、民法717条の瑕疵が認められるためには、その被害が一般社会生活上受忍すべき程度を超えている必要がある。また、将来の被害予防費用については、現実に被害が発生していない場合、特段の事情がない限り損害とは認められない。
問題の所在(論点)
1. マンション建築に伴うビル風の発生が、民法717条の「設置又は保存の瑕疵」に該当するか。 2. 現実に被害が生じていない段階で行った将来の被害予防のための工事費用は、同条の「損害」に含まれるか。
規範
1. 民法717条の「瑕疵」の有無は、当該工作物(マンション)の設置・保存によって他人に及ぼした被害が、一般社会生活上「受任すべき程度」を超えているか否かによって判断すべきである。 2. 損害の認定において、将来発生するおそれのある被害を予防するための工事費用を損害として認めるには、現実に被害が発生していない限り、当該工事を施さざるを得ない「特段の事情」が必要である。
重要事実
上告人(被告)は、住宅地に7階建てマンションを建築した。これにより隣接する被上告人(原告)宅では、日照・通風が阻害されたほか、強い「ビル風」が発生するようになった。被上告人は、マンション完成から約3年半後、将来の強風による屋根瓦の飛散を防止するため、屋根瓦のしっくい塗り工事を行い、その費用等の賠償を求めた。原審は、ビル風の発生予測が可能であったことを理由に瑕疵を認め、工事費用の一部を損害として認容した。
あてはめ
1. 瑕疵の有無について:原審はビル風の発生が予測可能であった点のみを重視するが、建築当時においてビル風の程度や被害予測に関する知見がどの程度普及していたか、また防止策が存在したかが不明である。何より、発生した被害が「受忍限度」を超えていたかが具体的に審理されていないため、直ちに瑕疵があるとは断定できない。 2. 損害について:マンション完成から工事実施までの約3年半の間、具体的な被害事実は確認されていない。屋根瓦が緩んでいた等の具体的な危険性や、工事を施さざるを得ない「特段の事情」の説示がないまま、抽象的な飛散のおそれのみで予防費用を損害と認めることはできない。
結論
工作物の瑕疵は受忍限度論に基づき判断されるべきであり、具体的な受忍限度超過の事実や、予防工事を必要とする特段の事情の認定がないまま損害賠償責任を認めた原判決には、審理不尽・理由不備の違法がある(差し戻し)。
実務上の射程
環境利益(日照・通風・ビル風)の侵害が問題となる不法行為(709条・717条)において、受忍限度論が判断枠組みとなることを示した。特に、ビル風のような不可避的な側面を持つ事象については、当時の科学的知見や回避可能性も瑕疵の判断に影響を与える。また、予防的措置の費用については「特段の事情」が必要という厳しいハードルを課しており、物権的請求権(妨害予防)との区別に注意が必要である。
事件番号: 昭和58(オ)1440 / 裁判年月日: 昭和60年3月12日 / 結論: 棄却
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