通信社が,殺人未遂罪で逮捕された甲が7,8年前に自宅で大麻を所持しており,その事実を捜査機関が突き止めた旨の事実を記事にして配信し,新聞社がこれを掲載した場合に,甲が自宅に大麻を所持していた事実の裏付けになる資料は甲と離婚した乙の供述のみであること,捜査の対象となっていない大麻所持についての報道であること,甲以外の関係者からそのころの甲と大麻とのかかわりについて取材することが不可能であった状況がうかがえないこと,捜査官が甲の大麻所持についていかなる事実を把握し,どのような心証を持ち,どのように判断しているのかについての取材内容が明らかでないことなど判示の事情の下においては,乙の供述が一貫し,甲が大麻と深いつながりがあることを自ら認めており,記事作成の時点で甲が既に逮捕され,甲に対する取材が不可能であった等の事情が存するときであっても,通信社に上記配信記事に摘示された事実を真実と信ずるについて相当の理由があったものとはいえない。
通信社が新聞社に記事を配信するに当たりその内容を真実と信ずるについて相当の理由があるとはいえないとされた事例
民法709条,民法710条,刑法230条の2第1項
判旨
名誉毀損における真実相当性の判断において、摘示事実が過去の犯罪事実である場合や供述者に偏向の可能性がある場合は、より慎重な裏付け取材が求められる。本件では、元妻の供述のみに依拠し、他の関係者への取材が可能な状況でこれを怠った以上、真実と信ずるにつき相当の理由があるとはいえない。
問題の所在(論点)
摘示事実(過去の大麻所持事実及び捜査機関がこれを突き止めた事実)が真実であるとの証明がない場合において、元妻の供述を中心とした取材状況から、被告が当該事実を真実と信ずるにつき「相当の理由」が認められるか。
規範
名誉毀損罪(刑法230条の1)の構成要件に該当する行為であっても、(1)公共の利害に関する事実に係り、(2)かつその目的が専ら公益を図ることにあった場合に、(3)摘示された事実が真実であることの証明があるときは、不法行為は成立しない。また、真実であることの証明がない場合であっても、行為者がその事実を真実と信ずるについて「相当の理由」があるときは、不法行為上の故意・過失が否定される。この相当性の判断にあたっては、事実の性質、情報源の信頼性、裏付け取材の尽合等を総合的に考慮すべきである。
重要事実
通信社である被告(被上告人)は、原告(上告人)が約7〜8年前に大麻を所持していた旨の記事を配信した。この記事は、原告の元妻による供述及び「捜査機関が事実を突き止めた」という内容を含んでいた。被告の記者は、元妻に2回面会し供述の一貫性を確認したほか、警察担当者が「元妻が警察でも同様の供述をしたこと」を確認していた。しかし、元妻は原告と離婚しており悪感情を抱く可能性があった。また、被告は原告の友人や会社関係者等への追加取材は行っておらず、警察が「突き止めた」という事実についても確実な裏付けは取れていなかった。
あてはめ
まず、摘示された事実は7、8年前の犯罪事実であり、情報源である元妻は離婚した相手であって殊更悪感情を持って話す可能性がある。このような場合、報道には「より慎重な裏付け取材」が必要である。被告は元妻の供述が具体的で一貫していること等を挙げるが、原告の友人や社員等、他の関係者から当時の状況を取材することは可能であり、慎重な裏付け取材義務は軽減されない。次に、「捜査機関が突き止めた」との点についても、記者が確認したのは「元妻が警察で供述した事実」等に留まり、捜査機関の心証や判断を直接裏付ける取材内容は明らかにされていない。したがって、摘示事実の重要部分を真実と信ずるにつき相当の理由があるとは認められない。
結論
被告に真実相当性を認めて損害賠償請求を棄却した原判決には、不法行為に関する法令の解釈適用の誤りがある。原判決を破棄し、審理を差し戻す。
実務上の射程
真実相当性の判断において「情報源の偏向可能性」と「事実の性質(過去の犯罪事実)」が慎重な裏付けを要する要素として重視されることを示している。特に、一方の当事者(元妻)の供述のみに頼り、客観的な裏付けや他の関係者への取材が可能なのにこれを怠った場合の答案上の否定要素として有用である。
事件番号: 平成7(オ)1421 / 裁判年月日: 平成14年1月29日 / 結論: 破棄差戻
新聞社が通信社から配信を受けて自己の発行する新聞紙にそのまま掲載した記事が私人の犯罪行為やスキャンダルないしこれに関連する事実を内容とするものである場合には,当該記事が取材のための人的物的体制が整備され,一般的にはその報道内容に一定の信頼性を有しているとされる通信社から配信された記事に基づくものであるとの一事をもって,…
事件番号: 平成9(オ)411 / 裁判年月日: 平成11年10月26日 / 結論: その他
名誉毀損の行為者において刑事第一審の判決を資料としてその認定事実と同一性のある事実を真実と信じて摘示した場合には、特段の事情がない限り、摘示した事実を真実と信ずるについて相当の理由がある。