従業員数約二〇〇〇人の会社の東京都目黒区所在の技術開発本部に勤務する女性従業員に対し、同八王子市所在の事業所への転勤命令がされた場合において、同従業員が他の会社に勤務する夫及び保育園に通う長男と共に同品川区所在の借家に居住しており同所から右事業所へ通勤するには最短距離で片道約一時間四五分を要するなど判示の事実関係の下においては、転勤によって同従業員の負うことになる不利益は、必ずしも小さくないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえず、右転勤命令が権利の濫用に当たるとはいえない。 (補足意見がある。)
転勤命令が権利の濫用に当たらないとされた事例
労働基準法第2章労働契約
判旨
労働者の勤務場所が限定されていない場合、転勤命令は、業務上の必要性がない、不当な動機・目的がある、または労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる等の特段の事情がない限り、権利濫用にならない。
問題の所在(論点)
勤務場所を限定する合意がない場合において、育児中の労働者に対し、通勤時間が大幅に増加する転勤を命じることが、権利の濫用(通常甘受すべき程度を著しく超える不利益)に該当するか。
規範
配転(転勤)命令権は、就業規則に包括的根拠があり、職種や勤務場所が契約上限定されていない場合、個別的同意なく行使し得る。ただし、同権の行使が、①業務上の必要性が存しない場合、②業務上の必要性があっても不当な動機・目的をもってなされた場合、又は③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合等、特段の事情があるときは権利の濫用(法1条3項)として無効となる。
重要事実
音響機器製造販売会社Xの社員Y(34歳・育児中)は、入社以来東京の「企画室」で庶務に従事していた。Xは、別拠点である「D事業所」で製造人員が不足したため、製造経験があり年齢基準を満たすYを同所へ異動させる内示を行った。Yは長男を保育園に預けており、異動により通勤時間は片道約50分から約1時間45分に増加し、保育園の送迎に支障が生じる状況であった。Yは異動を拒否し欠勤を続けたため、Xは懲戒解雇等の処分を行った。
あてはめ
まず、欠員補充という目的から①業務上の必要性が認められ、②不当な動機も否定される。次に③不利益の程度について、通勤時間の増加により育児に支障が生じる不利益は小さくない。しかし、D事業所近辺には入居可能な住居や複数の保育園が存在し、転居を選択すれば夫の通勤時間も許容範囲(約1時間)に留まる。このように現実的に選択可能な選択肢(転居等)が存在し、それによる不利益が甘受の範囲内であれば、労働者が敢えて不利益の大きい長距離通勤を選ぼうとする場合であっても、命令自体が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を課すものとは評価できない。
結論
本件転勤命令は権利の濫用には当たらず有効である。したがって、これに従わないことを理由とした懲戒処分も有効である。
実務上の射程
東亜ペイント事件の基準を再確認しつつ、育児等の家庭的事情が「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」に該当するかを判断した。本判決は、単に現状の不利益を見るだけでなく、転居や保育施設の変更といった代替手段の可能性(客観的な回避可能性)も含めて判断する傾向を示しており、育児介護休業法26条の配慮義務下においても重要な参照指標となる。
事件番号: 昭和59(オ)1318 / 裁判年月日: 昭和61年7月14日 / 結論: 破棄差戻
全国的規模の会社の神戸営業所勤務の大学卒営業担当従業員が母親、妻及び長女と共に堺市内の母親名義の家屋に居住しているなど、判示の事実関係のみから、同従業員に対する名古屋営業所への転勤命令が権利の濫用に当たるということはできない。
事件番号: 平成11(受)805 / 裁判年月日: 平成15年4月18日 / 結論: 棄却
出向命令の内容が,使用者が一定の業務を協力会社に業務委託することに伴い,委託される業務に従事していた労働者に対していわゆる在籍出向を命ずるものであって,就業規則及び労働協約には業務上の必要によって社外勤務をさせることがある旨の規定があり,労働協約には社外勤務の定義,出向期間,出向中の社員の地位,賃金その他処遇等に関して…