判旨
労働契約上の就労場所限定がない場合、使用者は業務上の必要性に基づき転勤命令権を有するが、業務上の必要性が存しない場合や、不当な動機・目的がある場合、又は労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合は、権利濫用として無効となる。
問題の所在(論点)
就労場所の限定がない労働契約において、育児中の労働者に対する転勤命令(配置転換)が、人事権の濫用(労働契約法3条3項、民法1条3項参照)として無効となるか。特に「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」の成否が問題となる。
規範
転勤命令権の行使は、①業務上の必要性が存しない場合、②不当な動機・目的をもってされた場合、③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合、等の特段の事情がない限り、権利の濫用には当たらない。なお、①の必要性は、余人をもって替え難いといった高度な必要性までは要せず、企業の合理的運営に寄与する程度で足りる。
重要事実
音響機器メーカーに勤務するX(34歳・女性)は、3歳の長男を抱え、夫も多忙な共働き世帯であった。会社Yは、八王子事業所でのIC製造ライン増員のため、現場経験があり40歳未満という基準でXを選定し、目黒から八王子への異動を命じた。Xの通勤時間は片道約50分から約1時間45分へと増加し、保育園の送迎に支障が生じる状況であったが、Xは話合いに応じず出勤を拒否したため、YはXを懲戒解雇した。
あてはめ
まず、欠員補充のための異動であり、選定基準も合理的であることから、業務上の必要性(①)があり、不当な動機(②)も認められない。次に不利益(③)について、通勤時間の増加により保育園の送迎に支障が生じる等の不利益は小さくないが、同事業所には同程度の通勤時間の女性従業員も存在すること、近隣への転居により夫の通勤や保育園確保が現実的に可能であることを考慮すれば、これらはなお「通常甘受すべき程度を著しく超える」とまではいえない。したがって、本件命令は有効であり、これへの拒否を理由とする懲戒解雇も正当である。
結論
本件転勤命令は権利の濫用に当たらず有効である。したがって、これに従わないことを理由とする懲戒処分(懲戒解雇)も適法である。
事件番号: 平成8(オ)128 / 裁判年月日: 平成12年1月28日 / 結論: 棄却
従業員数約二〇〇〇人の会社の東京都目黒区所在の技術開発本部に勤務する女性従業員に対し、同八王子市所在の事業所への転勤命令がされた場合において、同従業員が他の会社に勤務する夫及び保育園に通う長男と共に同品川区所在の借家に居住しており同所から右事業所へ通勤するには最短距離で片道約一時間四五分を要するなど判示の事実関係の下に…
実務上の射程
東亜ペイント事件(最判昭61.7.14)の枠組みを再確認しつつ、育児等の家庭的事情を抱える労働者への配慮の限界を示した射程の長い判例である。答案では、単に不利益があるだけでなく、転居や通勤手段の工夫等による回避可能性も含めて「著しい不利益」か否かを具体的に論じる必要がある。
事件番号: 昭和59(オ)1318 / 裁判年月日: 昭和61年7月14日 / 結論: 破棄差戻
全国的規模の会社の神戸営業所勤務の大学卒営業担当従業員が母親、妻及び長女と共に堺市内の母親名義の家屋に居住しているなど、判示の事実関係のみから、同従業員に対する名古屋営業所への転勤命令が権利の濫用に当たるということはできない。
事件番号: 昭和43(オ)1122 / 裁判年月日: 昭和48年4月12日 / 結論: 棄却
従来からの会社との間の雇用関係を終了させ、移籍先の会社との間に新たに雇用関係を生ぜしめるいわゆる転属は、労働者の承諾があつてはじめてその効力を生ずる。