支店長付きの運転手として自動車運転の業務に従事していた者が早朝支店長を迎えに行くため運転中くも膜下出血を発症した場合において、同人が右発症に至るまで相当長期間にわたり従事していた右業務は精神的緊張を伴う不規則なものであり、その労働密度は決して低くはなく、右発症の約半年前以降は一日平均の時間外労働時間が七時間を上回り、一日平均の走行距離も長く、右発症の前日から当日にかけての勤務も、前日の午前五時五〇分に出庫し、午後七時三〇分ころ車庫に帰った後、午後一一時ころまで掛かってオイル漏れの修理をして午前一時ころ就寝し、わずか三時間三〇分程度の睡眠の後、午前四時三〇分ころ起床し、午前五時の少し前に当日の業務を開始したというものであり、それまでの長期間にわたる過重な業務の継続と相まって、同人にかなりの精神的、身体的負荷を与えたものとみるべきであって、他方で、同人は、くも膜下出血の発症の基礎となり得る疾患を有していた蓋然性が高い上、くも膜下出血の危険因子として挙げられている高血圧症が進行していたが、治療の必要のない程度のものであったなど判示の事情の下においては、同人の発症したくも膜下出血は業務上の疾病に当たる。
支店長付きの運転手が自動車運転の業務中に発症したくも膜下出血が業務上の疾病に当たるとされた事例
労働者災害補償保険法7条1項1号 労働者災害補償保険法(平成7年法律第35号による改正前のもの)12条の8第1項、労働者災害補償保険法(平成7年法律第35号による改正前のもの)12条の8第2項 労働基準法75条・労働基準法76条1項 労働基準法施行規則35条・労働基準法施行規則別表第1の2第9号
判旨
労働者の疾患が業務上の疾病に当たるかは、業務による過重な精神的・身体的負荷が、基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、発症に至らせたと認められるかにより判断すべきである。本件では、長期間の過重労働による慢性疲労が脳動脈りゅう等を増悪させたとして、業務起因性を肯定した。
問題の所在(論点)
労働者がもともと有していた基礎疾患(脳動脈りゅう等)が原因で疾病が発症した場合において、当該疾病が「業務に起因することの明らかな疾病」(労基法規則35条、別表第1の2第9号)として業務上の災害に該当するか。特に、長期の過重業務による慢性疲労が血管病変の増悪要因として考慮されるか。
規範
労働基準法施行規則別表第1の2第9号にいう「その他業務に起因することの明らかな疾病」とは、業務による過重な精神的、身体的負荷が、労働者の有する基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったと認められるものを指す。この判断に際しては、基礎疾患の内容・程度と、発症前における業務の内容、態様、遂行状況等を総合的に考慮し、業務と発症との間に相当因果関係が認められるかを検討すべきである。
事件番号: 平成7(行ツ)156 / 裁判年月日: 平成12年7月17日
【結論(判旨の要点)】労働者が脳動脈瘤等の基礎疾患を有していたとしても、業務による過重な精神的・身体的負荷が当該疾患を自然の経過を超えて増悪させ、くも膜下出血を発症させた場合には、業務と発症との間に相当因果関係が認められ、業務上の疾病に当たる。 第1 事案の概要:支店長専属運転手として勤務していた上告人(54歳)が、走…
重要事実
支店長付運転手であるX(54歳)は、数年間にわたり月平均150時間の時間外労働に従事していた。発症前月には走行距離が過去最高となり、宿泊を伴う長距離運転で体調を崩していた。発症前日も深夜まで車両修理を行い、約3.5時間の睡眠で翌朝の業務を開始した直後、くも膜下出血を発症した。Xは高血圧症の傾向はあったが治療不要な程度であり、健康に悪影響を及ぼす嗜好もなかった。
あてはめ
Xの業務は精神的緊張を伴う上、不規則かつ極めて長時間であり、長期間の継続により慢性的な疲労をもたらした。発症直前も深夜までの修理業務や睡眠不足による過重な負荷が認められる。一方、Xの基礎疾患は治療不要な程度であり、自然の経過のみで直ちに破裂するほど増悪していたとは考え難い。他に増悪要因がない以上、過重な業務負荷が基礎疾患を自然経過を超えて増悪させたとみるのが相当であり、業務と発症との間に相当因果関係が認められる。
結論
Xの発症したくも膜下出血は、業務に起因することの明らかな疾病に該当し、不支給決定は取り消されるべきである。
実務上の射程
脳・心臓疾患の業務上外認定において、発症直前の「異常な出来事」だけでなく、長期間の疲労の蓄積(過労)を重視して因果関係を認めた重要な判例である。答案上は、基礎疾患がある場合でも、業務負荷が「自然の経過を超えて」悪化させたといえるかを、時間外労働時間や睡眠不足等の具体的事実から評価する際の指針となる。
事件番号: 平成12(行ヒ)320 / 裁判年月日: 平成16年9月7日 / 結論: 破棄自判
ヘリコバクター・ピロリ菌感染という基礎疾患及び慢性十二指腸かいようの既往症を有する貿易会社の営業員が海外出張中にせん孔性十二指腸かいようを発症した場合につき,上記営業員が4日間にわたる国内出張後,重要な外国人顧客に同行して12日間に六つの国と地域を回り,休日もなく連日商談,接待等のため長時間の勤務を続けており,これによ…
事件番号: 平成6(行ツ)200 / 裁判年月日: 平成9年4月25日 / 結論: 破棄自判
配電工が、業務に従事中に、クレーンのワイヤーが切れ、ワイヤー、フック、電柱等の重量物が地上約三メートルの高さから付近に落下し、顔面に軽度の負傷をするという事故に遭った日の二日後に、非外傷性の脳血管疾患を発症し、その翌日に死亡した場合において、右配電工は、右発症の基礎となり得る素因又は疾患を有していたことは否定し難いが、…
事件番号: 平成12(行ヒ)320 / 裁判年月日: 平成16年9月7日
【結論(判旨の要点)】労働者が基礎疾患を有していた場合であっても、業務が客観的にみて特に過重であり、それが基礎疾患を自然の経過を超えて急激に悪化させたと認められるときは、業務と疾病との間に相当因果関係が認められる。 第1 事案の概要:貿易会社の営業員である上告人(当時37歳)は、過去に十二指腸潰瘍の既往症があった。上告…
事件番号: 平成10(行ツ)107等 / 裁判年月日: 平成12年7月17日
【結論(判旨の要点)】業務上の疾病に該当するか否かの判断において、業務と発症との間に相当因果関係が認められる場合には、労働基準法上の災害として認められる。 第1 事案の概要:上告人の従業員であったAは、高血圧性脳出血を発症した。原審において、当該疾患の発症とAが従事していた業務との間には、その内容や負担に照らして相当因…