判旨
労働者が脳動脈瘤等の基礎疾患を有していたとしても、業務による過重な精神的・身体的負荷が当該疾患を自然の経過を超えて増悪させ、くも膜下出血を発症させた場合には、業務と発症との間に相当因果関係が認められ、業務上の疾病に当たる。
問題の所在(論点)
労働者が脳動脈瘤や高血圧症等の基礎疾患を有していた場合において、過重な業務による負荷が原因でくも膜下出血を発症したといえるか。すなわち、業務と疾病との間の相当因果関係(業務起因性)の存否が論点となる。
規範
業務上の疾病(労働基準法施行規則35条、別表第1の2第9号)に該当するか否かは、業務と疾病との間の相当因果関係の有無によって判断する。労働者に基礎疾患がある場合でも、業務による過重な精神的・身体的負荷が、その疾患を「自然の経過を超えて増悪」させたと認められるときは、業務起因性を肯定すべきである。その判断にあたっては、基礎疾患の内容・程度、業務の内容・態様・遂行状況、および医学的知見を総合的に考慮する。
重要事実
支店長専属運転手として勤務していた上告人(54歳)が、走行中にくも膜下出血を発症した。上告人は、発症前の約1年4ヶ月間にわたり月平均150時間の時間外労働に従事し、拘束時間や休息期間が改善基準を大幅に逸脱する過酷な勤務態様であった。発症前日も深夜まで車両修理を行い、約3.5時間の睡眠で翌朝の業務を開始していた。上告人には高血圧症等の基礎疾患があったが、治療不要な程度であり、他に健康を害する習慣もなかった。
あてはめ
上告人の業務は、不規則かつ長時間で拘束時間が極めて長く、精神的緊張を伴うものであった。特に発症前の数ヶ月間は月平均7時間を超える時間外労働が継続し、慢性的な疲労が蓄積していたといえる。基礎疾患である脳動脈瘤等は、通常、慢性的な疲労やストレスによる高血圧の持続で増悪する。上告人の疾患は、自然経過のみで直ちに破裂するほど重篤ではなかったこと、他に増悪要因がないことを踏まえると、過重な業務負荷が疾患を自然経過を超えて増悪させ、発症に至らせたとみるのが相当である。
結論
本件くも膜下出血は、業務による過重な負荷に起因するものであり、業務と発症との間に相当因果関係が認められる。したがって、業務上の疾病に該当する。
事件番号: 平成7(行ツ)156 / 裁判年月日: 平成12年7月17日 / 結論: 破棄自判
支店長付きの運転手として自動車運転の業務に従事していた者が早朝支店長を迎えに行くため運転中くも膜下出血を発症した場合において、同人が右発症に至るまで相当長期間にわたり従事していた右業務は精神的緊張を伴う不規則なものであり、その労働密度は決して低くはなく、右発症の約半年前以降は一日平均の時間外労働時間が七時間を上回り、一…
実務上の射程
脳・心臓疾患の労災認定における「過労死ライン」等の基準を基礎づける重要判例。基礎疾患がある場合でも、業務が「相対的有力原因」となれば足りるとする考え方を示しており、実務上は時間外労働時間数、不規則性、拘束時間等の客観的事実から「過重性」を構成する際の規範として用いる。
事件番号: 平成12(行ヒ)320 / 裁判年月日: 平成16年9月7日
【結論(判旨の要点)】労働者が基礎疾患を有していた場合であっても、業務が客観的にみて特に過重であり、それが基礎疾患を自然の経過を超えて急激に悪化させたと認められるときは、業務と疾病との間に相当因果関係が認められる。 第1 事案の概要:貿易会社の営業員である上告人(当時37歳)は、過去に十二指腸潰瘍の既往症があった。上告…
事件番号: 平成10(行ツ)107等 / 裁判年月日: 平成12年7月17日
【結論(判旨の要点)】業務上の疾病に該当するか否かの判断において、業務と発症との間に相当因果関係が認められる場合には、労働基準法上の災害として認められる。 第1 事案の概要:上告人の従業員であったAは、高血圧性脳出血を発症した。原審において、当該疾患の発症とAが従事していた業務との間には、その内容や負担に照らして相当因…
事件番号: 平成12(行ヒ)320 / 裁判年月日: 平成16年9月7日 / 結論: 破棄自判
ヘリコバクター・ピロリ菌感染という基礎疾患及び慢性十二指腸かいようの既往症を有する貿易会社の営業員が海外出張中にせん孔性十二指腸かいようを発症した場合につき,上記営業員が4日間にわたる国内出張後,重要な外国人顧客に同行して12日間に六つの国と地域を回り,休日もなく連日商談,接待等のため長時間の勤務を続けており,これによ…
事件番号: 平成6(行ツ)200 / 裁判年月日: 平成9年4月25日 / 結論: 破棄自判
配電工が、業務に従事中に、クレーンのワイヤーが切れ、ワイヤー、フック、電柱等の重量物が地上約三メートルの高さから付近に落下し、顔面に軽度の負傷をするという事故に遭った日の二日後に、非外傷性の脳血管疾患を発症し、その翌日に死亡した場合において、右配電工は、右発症の基礎となり得る素因又は疾患を有していたことは否定し難いが、…