甲と乙とが乗車中の自動二輪車の交通事故により死亡した甲の相続人が,捜査機関が甲を運転者と認定したことを知りながら,乙を運転者と主張して乙に対して損害賠償請求訴訟を提起した場合であっても,右主張に沿う事故直前の目撃者らの供述があり,現場の状況,自動二輪車の損傷状況などの客観的証拠からは運転者を特定することが必ずしも容易ではないなど判示の事情の下においては,乙に対する右訴訟の提起は違法な行為とはいえない。
甲と乙とが乗車中の自動二輪車の交通事故により死亡した甲の相続人が捜査機関の認定に反することを知りながら乙を運転者と主張して乙に対してした損害賠償請求訴訟の提起が違法な行為とはいえないとされた事例
民法709条,民訴法第2編第1章訴え
判旨
不当な訴えの提起が不法行為を構成するのは、請求に根拠がなく、かつ提訴者がそれを知り、又は容易に知り得た場合など、裁判制度の趣旨目的に照らし著しく相当性を欠くときに限られる。目撃供述や鑑定結果等の根拠に基づき提訴した場合は、たとえ勝訴の見通しが乏しくとも違法とはいえない。
問題の所在(論点)
権利の行使としての「訴えの提起」が、相手方に対する不法行為(民法709条)を構成するための要件、及びその判断枠組み。
規範
訴えの提起が相手方に対する違法な行為(不法行為)となるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる。
重要事実
上告人らの子Dが死亡した交通事故に関し、上告人らは被上告人B1が運転者であったとして損害賠償を請求した(本訴)。一方、警察等の捜査機関はDが運転者であったと判断していた。B1は、上告人らが勝訴の見通しがないのに提訴したのは不法行為であるとして反訴を提起。一審・原審は、上告人らに特段の根拠がなく、捜査結果も予想できたとして反訴を認容した。しかし、本件にはB1が運転者であった旨の目撃証言や、上告人らの主張に沿う鑑定結果も存在していた。
事件番号: 平成21(受)1539 / 裁判年月日: 平成22年7月9日 / 結論: 破棄差戻
本訴の提起が不法行為に当たることを理由とする反訴について,本訴に係る請求原因事実と相反することとなる本訴原告自らが行った事実を積極的に認定しながら,本訴原告において記憶違いや通常人にもあり得る思い違いをしていたことなどの事情について認定説示することなく,本訴の提起が不法行為に当たることを否定した原審の判断には,違法があ…
あてはめ
本件では、目撃者が警察及び上告人に対し、被上告人B1が運転者であることを示唆する供述を明確に述べており、主張を裏付ける証拠が皆無ではなかった。事故により当事者の一方が死亡し事実確認が困難な状況下で、遺族である上告人らが捜査機関の認定とは異なる証拠に基づき提訴したことには無理からぬ事情がある。また、専門的な鑑定結果の中にも上告人らの主張に沿うものが存在しており、提訴者が権利の不存在を容易に知り得たとはいえず、裁判制度の趣旨に照らして著しく相当性を欠くとは認められない。
結論
上告人らによる本訴の提起は不法行為には当たらない。したがって、被上告人B1による損害賠償請求(反訴)は棄却されるべきである。
実務上の射程
不当提訴の不法行為成立要件を厳格に限定したリーディングケースである。答案上は、まず「裁判を受ける権利(憲法32条)」を背景に原則適法である旨を述べた上で、本規範を示し、「事実的・法律的根拠の欠如」と「提訴者の悪意・重過失(著しい相当性の欠如)」の二段階で厳格にあてはめる必要がある。捜査機関の判断と異なる提訴であっても、何らかの証拠(証言や鑑定)に基づいている限り、違法性は否定されやすい。
事件番号: 平成20(受)1427 / 裁判年月日: 平成21年10月23日 / 結論: その他
特別養護老人ホームの入所者に対して虐待行為が行われている旨の新聞記事が同施設の職員からの情報提供等を端緒として掲載されたことにつき,同施設を設置経営する法人が,虐待行為につき複数の目撃供述等が存在していたにもかかわらず,虐待行為はなく上記の情報は虚偽であるとして同職員に対し損害賠償請求訴訟を提起した場合であっても,(1…
事件番号: 昭和56(オ)767 / 裁判年月日: 昭和57年10月19日 / 結論: 棄却
民法七二四条所定の三年の時効期間の計算においては、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知つた時が午前零時でない限り、時効期間の初日を算入すべきではない。
事件番号: 昭和53(オ)1198 / 裁判年月日: 昭和54年9月7日 / 結論: 棄却
双方の過失に起因する同一交通事故によつて生じた物的損害に基づく損害賠償債権相互間においても、相殺は許されない。 (反対意見がある。)