甲会社が、その代表者乙に対して賃貸していた建物の賃貸借契約を合意解除したとして、乙の妻丙に対し、所有権に基づき右建物の明渡しを請求した場合につき、乙が、甲会社の経営及び管理のすべてを行っており、丙との夫婦関係が悪化したため丙と子を右建物に残したまま別居し、その八日後に賃貸人の代表者と賃借人の立場を兼ねて賃貸借契約を合意解除したなど判示の事実関係の下においては、乙が別居後の生活費を交付しないため丙と子が他からの援助を受けながら右建物において生活しているなどの乙と丙との婚姻生活に関する丙の主張事実を審理判断の対象とすることなく、右明渡請求が権利の濫用に当たらないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法がある。
代表者に建物を賃貸していた会社が右代表者の妻に対し所有権に基づきその明渡しを請求した場合につき右請求が権利の濫用に当たらないとした原審の判断に違法があるとされた事例
民法1条
判旨
会社代表者が、その代表する会社と自己との間の建物賃貸借契約を合意解除し、同居していた妻に対して会社が所有権に基づき明渡しを求める場合、その請求が権利の濫用(民法1条3項)に当たるかは、法人格の形骸化の有無にかかわらず、夫婦の婚姻生活に関する諸事情を考慮して判断すべきである。
問題の所在(論点)
株式会社がその代表者の配偶者に対して所有権に基づく建物明渡請求を行う際、当該代表者夫婦の不和や婚姻費用の不払いといった「個人的事情」を、民法1条3項の権利濫用の成否を判断する際の考慮要素とすることができるか。
規範
権利の濫用(民法1条3項)の成否は、権利行使によって権利者が受ける利益と相手方が被る不利益等の客観的事情のほか、権利行使の意図・動機等の主観的事情を総合考慮して決すべきである。特に、実質的に個人経営の状態にある会社が、代表者の配偶者に対し建物の明渡しを求める場合、法人格が形骸化しているか否かにかかわらず、代表者夫婦の婚姻生活に関する事実や、賃貸借契約の解除に至る経緯等の主観的・客観的事情を考慮の対象とすべきである。
重要事実
株式会社の代表者Dは、妻である上告人及び長女と共に、会社所有の建物に賃料を支払って居住していた。Dと上告人の夫婦関係が悪化した後、Dは一人で別居を開始し、そのわずか8日後に、Dは「会社の代表者」かつ「賃借人」という双方の立場を兼ねて、会社と自身との間の賃貸借契約を合意解除した。会社は、建物を占有し続ける上告人に対し、所有権に基づき建物の明渡しを請求。上告人は、Dが婚姻費用を支払わず、明渡請求は嫌がらせであるとして、権利の濫用を主張した。
あてはめ
本件会社はDが経営・管理のすべてを行っており、実質的にDの個人企業に近い。Dは上告人を残して別居後、直ちに会社代表者として賃貸借を合意解除しており、その意図には上告人に対する嫌がらせ等の不当な動機が推認される。また、Dが確定判決に基づく婚姻費用の支払を怠り、上告人と長女が生活に窮している事実は、明渡しによって上告人が被る不利益の具体的内容として極めて重要である。これらの夫婦間の事情は、形式上の所有者である会社による請求であっても、権利濫用の成否を左右する重要な客観的・主観的事情として考慮されるべきである。
結論
建物明渡請求が権利の濫用に当たるか否かの判断において、夫婦の婚姻生活に関する事実を考慮しなかった原審の判断には法令の解釈適用の誤りがあるため、破棄・差し戻しを免れない。
実務上の射程
法人格否認の法理に至らない場合でも、実質的一人会社等において、背後者の個人的な事情(信義則上の義務等)を「権利の濫用」の枠組みで取り込み、形式的な権利行使を制限できることを示した。答案上は、法人格の独立性を前提としつつ、1条3項の具体的判断において背後者の主観・客観的事実を接続させる論理として有用である。
事件番号: 昭和43(オ)877 / 裁判年月日: 昭和44年2月27日 / 結論: 棄却
一、社団法人において、法人格がまつたくの形骸にすぎない場合またはそれが法律の適用を回避するために濫用される場合には、その法人格を否認することができる。 二、株式会社の実質がまつたく個人企業と認められる場合には、これと取引をした相手方は、会社名義でされた取引についても、これを背後にある実体たる個人の行為と認めて、その責任…